背中を押してくれた人

背中を押してくれた人


 前回の記事で、私は兄の影響で小学生の頃から海外の音楽・映画三昧で育ったと書いた。しかし、実はそれよりずっと前から私の日常には常に音楽が溢れていたことを忘れていた。母がとても音楽が好きだったのだ。

 私が今の職業についたのは、母から多大な影響を受けたからだと思う。母は私たち兄弟が育った地都市の 保育園の園長だった。ピアノやアコーディオンを弾く母にとっては当たり前のことだったのだろうが、家にはクラシック音楽全集や映画音楽全集など、あらゆる全集が揃っており、幼い私たちは毎日それを聞いて育った。公務員だった母は労音の会員でもあったので、機会がある毎に私と兄を音楽会に連れて行ってくれた。

 それから何年も経つと、私は自分が行きたいコンサートのチケットを自分で購入するようになり、さらに何年か経った頃、縁あって音楽プロモーターとして仕事を始めたのである。

 音楽プロモーターの職に就いたばかりの頃、真面目と善良が服を着ているような父は、私のことをとても心配した。どんなに説明しても、父にとって音楽プロモーターとは“興行師”でしかなく、しかも父のイメージする興行師はなんとも怪しい世界の人間でしかなかった。そんな中で、私の事を信じて、いつも背中を押してくれたのは母だった。音楽好きなこともあって、私が関わったコンサートには、母は都合がつく限り必ず見に来てくれた。ダイアナ・ロス、ジャネット・ジャクソン、スティービー・ワンダー、ホイットニー・ヒューストン、ボーイズIIメン、アース・ウィンド&ファイヤー、そして前回で触れたポール・マッカトニーなど、紙面の関係で他は割愛させてもらうが、いろんな素晴らしいミュージシャンのコンサートを見てもらった。

 当時は現在のようなフェスティバルに参加することが主流ではなく、ソロ・ツアーで長期だと1カ月以上も日本に滞在し、北から南までの主要都市でコンサートを開催するのが主流だった。スポンサーも必ずついて、興行収益は長期滞在の経費をもってしても黒字だった。経済バブルの真っ只中で、私は仕事づくしの毎日を送っていた。


 今は旅することが仕事のような私だが、新入社員として業界に入った頃は、実は社長秘書としてガラス張りの社長室(金魚鉢と呼ばれていた)で 毎日、山のような契約書を読まされる日々を送っていた。苦手だったタイプを打つスピードが、だんだん速くなって来た頃に、もともと現場希望だった私は国際部へ異動できることになった。それから現場に出て、ツアーまたツアー、年末はほとんど武道館か東京ドームで過ごすことが何年も続いた。

 現場に出た頃の私は、とにかく舞台用語の日本語と英語を一生懸命、覚えた。外国人クルーの言っていることをカタカナでメモして、後から辞書で調べてと、日々の仕事について行くのに必死だった。大規模なプロダクションがほとんどだったため、現場にはいつも社外からフリーランスの通訳さんたち(バイリンガルとして育った方々ばかり)を雇っていたが、たまたま大きな現場がいくつか重なって、通訳さんがそばにいないこともあった。そんなときにある現場で、私は外国人クルーがスタッフ用のトランシーバーで話している英語がわからず、リクエストされたものとは別のものを用意するという大失敗をしてしまった。バイリンガルとして育った通訳さんたちのようにはなれなくとも、自分も英語で立派な仕事をして見せると必死に頑張ってきたのに、このたった一度の失敗によって、「ネイティブでも、バイリンガルでもない私が英語を使って仕事をすること」に対して、完全に自信を喪失してしまったのである。それからは、通訳さんがいるところでは、私は英語がまったく話せなくなってしまった。

 自信を喪失した私は休暇をとって実家に帰り、「今の仕事は私に向いていないんじゃないかと思う」と母に弱音を吐き、「英語が話せて当たり前の環境なのに、その状況についていけていない」と気持ちを打ち明けた。それを聞いた母は、努力家である自分の娘をどれほど誇りに思っているか、と優しく話してくれた。そして「もし、あなたが保母さんだったら、私はあなたのような保母さんと一緒に仕事がしたい。あなたがバイリンガルでないのは、小学生の頃に留学させてあげられなかった私たち親の責任で、あなたの責任ではない」と言ったあと、「でも、日本人なのだから英語を間違っても仕方ないじゃないの? 逆にバイリンガルの方々から学べることが大きいから羨ましい。それに単に言葉がうまく話せる人より、心根の優しい人の言葉の方が心に響く。言霊よ。自信をもって、これからも素敵な音楽を紹介し続けて」という言葉をかけてくれた。
 
 この母の言葉に、私は救われた。今、そのことを思い出しても鳥肌が立つほど感動し、私は現場に戻ることができた。母の言葉が私の歩む道に多大な影響を与え、そして私は今も音楽の世界で働き続けている。

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