南部の人は人種差別者なのか? 南軍記念碑と靖国神社

南部の人は人種差別者なのか? 南軍記念碑と靖国神社


 南北戦争(1861~1865年)は、アメリカの奴隷解放を唱えたリンカーン(共和党)が大統領になった後、奴隷制続行を希望した南部11州が合衆国からの離脱を求め、北部20州と戦った内戦である。北軍が勝った後も南部では黒人差別が続き、公民権運動が起きた1960年代には、白人優越主義者団体が南軍旗をシンボルとして使っていた。そのため、黒人やリベラル派は70年代以降ずっと南部の人々は人種差別者だと決めつけ、南軍旗や南軍記念碑などを公の場から撤去することを望んでいた。

 これに対し、南部に住む白人の多くは、南軍旗が人種差別のシンボルだった過去の事例は認めつつも、南軍旗も南軍記念碑も南部の伝統とプライドの象徴として敬愛し、リベラル派の動きに抵抗してきた。しかし、2015年6月17日にサウス・キャロライナ州の黒人教会で起きた乱射事件の犯人が白人優越思想の持ち主で、南軍旗を持った写真を自分のホームページに載せていたことがきっかけとなり、6月22日に同州の州議会議事堂から南軍旗が撤去された。
 
 1週間後に行われたCNNの世論調査では、回答者の57% が「南軍旗は南部のプライドの象徴であり、人種差別のシンボルではない」と答えた。しかし、その後に南部諸州で南軍旗や南軍記念碑が撤去され、オバマ政権は国立墓地での南軍旗展示を禁じ、テキサス州ヒューストン学校区では南軍の英雄の名がついた8校の学校名を125万ドルの税金を投じて改名し、ジョージア州では自宅の裏庭に南軍旗を掲げていた警官が解雇されるということまで起こった。

 これらの動きはリベラル派とメディアからは絶賛されたが、おおかたの南部の人々は過剰なPC(ポリティカル・コレクトネス)だとして、このことに当惑した。そして、リベラル派のブルー・ステイツの価値観の押しつけに対して、怒って巻き返しを図り、今年5月27日にはアラバマ州で南軍旗や南軍記念碑の撤去を禁じる州法が成立した。この法の誕生を祝う人々は、「南部の白人の先祖の大半は、奴隷所有者ではなく貧しい農民だった。私たちにとって南軍旗や南軍記念碑は、南軍兵として戦った先祖に対する敬意と人情深い南部の伝統の象徴だ」と話している。実際、彼らのほとんどは教会を通じて貧者救済(貧者の多くは黒人やヒスパニック)や、さまざまな慈善活動を行っている信心深い人々で、南軍旗を掲げただけで人種差別者だと言われることに心を痛めている。
 
 黒人やリベラル派の人々と南部人の間における感覚の差は、中国人や韓国人と、日本人との間における溝と比較すると分かりやすいかも知れない。

 中国人や韓国人にとっては、戦犯をまつる靖国神社は帝国主義と軍国主義の象徴だ。しかし、靖国神社に参拝に行く多くの日本人は、戦犯を崇拝して南京大虐殺や従軍慰安婦などの過去を懐かしんでいるわけではなく、ましてや天皇は現人神で日本は神国だなどと信じているわけではないだろう。多くの日本人は単に戦争で亡くなった人々をしのび、日本人であることや、日本の歴史や伝統に漠然と誇りを感じているだけである。

 同様に、南軍旗や南軍記念碑を大切にする南部人も、奴隷制度を懐かしみ、人種差別を支持するという理由からではなく、南部の歴史や伝統に対する漠然とした思い入れと先祖への敬意の念から、南軍旗や南軍記念碑に愛着を感じているのだ。

 残念ながら、アメリカのメディアは南部人を人種差別者だと決めつけ、南部人の真意にはほとんど興味さえ持たないので、黒人やリベラル派と南部人は対話の機会を持てないまま二者間の溝は深まるばかりだ。いつかアメリカにも、ネルソン・マンデラのような真の指導者が現れて、この溝を埋めてくれることを望むばかりである。

Wikipedia「南軍旗の写真」:
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Flag_of_the_Confederate_States_of_America_(1865).svg

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