アメリカのラーメン屋はなぜカクテルを出すのか?

アメリカのラーメン屋はなぜカクテルを出すのか?


 僕の記憶が確かならば、日本で初めて食べた“人生初ラーメン”のお供は、一杯の水だった。それは十年前で、日本に留学していた僕は同級生と一緒に博多を訪れ、夜の町を一周巡った後、上がりにラーメン屋に入ったのだ。

 自動扉を抜けて自動販売機で食券を買い、店の奥の小さな“一人用ブース”のような変わったあつらえの席に着いた。両側には壁があり、目の前にはなぜかカーテンが下がっていた。まるで、アメリカの“選挙ブース”を思い出させるような珍しい内装だった。食券が取られると、すぐに熱々のラーメンが出てきた。カーテンの内側から店員さんが、手元の水が“セルフサービス”であることを教えてくれ、それを聞き終えた僕は早速、ラーメンを啜り始めた。それは、最高に旨いラーメンだった。数分前まで大量の酒で荒海のような状態だった体内が、味深いラーメンという名の嵐に遭って和んでいくという感覚だった。その至福に酔いながら、僕は忘れかけていた水を一気に飲みほして、店を後にした。

 アメリカで初めて食べた日本流のラーメンは、それとはだいぶ違った。シアトルに出来たばかりのラーメン屋に昼時に着くと、すでにお客さんが十人ばかり並んでいた。暖簾をくぐると、自販機ではなく、笑顔の店員が注文を取りに来た。僕は味噌野菜ラーメンを注文した。汁は熱々で、麺にはちゃんと歯ごたえが残り、トッピングも念入りに選んで調理されていることが伝わってきた。日本で経験した穴場のラーメン屋とは違い、その店は天井が高く、日本風のモダンなインテリアがとても新鮮だったが、何より僕の目を捉えたのは、店の奥の壁にズラリと並んだ暗闇にキラキラと輝く何十本ものアルコールの瓶だった。カウンター奥の隅っこには馴染みのあるドラフトビールと熱燗器がちゃんと設置されていたが、それらはウイスキーやウォッカなどの瓶に押されて隅に追いやられているように見えた。そして、向こう側のテーブルに座っていたカップルが、熱いラーメンではなく、一緒に頼んだカクテルを啜りながら楽しそうに喋っている様子を見て僕は驚愕した。「そんなことをしていたら、麺が伸びてしまうではないか!」という激しい焦燥感にかられたのは言うまでもない。

 このようなアメリカにおけるラーメンの楽しみ方を、もしラーメンオタクや日本のラーメン屋の頑固親父たちが見かけたら、どう思うだろうか?アメリカのラーメン屋には本格的なバーがついていることや、ラーメンのメニューの横にカクテルのメニューが並んでいることを、彼らにどう説明したら良いだろう?僕は味噌野菜ラーメンのスープを飲み干し、今や大変なブームとなっている日本銘柄ウイスキーの数々のラベルを眺めながら、ラーメンとカクテルの関係について考えてみた 。

 出汁と麺は、ラーメンの命だ。クリーミーな豚骨スープはもちろん、濃い味噌味も、鶏ガラや昆布や煮干しが入る軽めの塩ラーメンのスープも、出汁はその店の決め手といっても過言ではない。それから麺だ。ストレートの細麺や縮れ麺、中太麺や平打ち麺。店主が自分の理想とするラーメンに最も合う種類の麺を選び、茹で加減もこだわり尽くす。この二つの基本、出汁と麺の食材を丁寧に仕入れ、そして上手く調理することで各店のラーメンに個性が現われるのだ。

 各店におけるラーメンの個性は様々でも、麺をスープに落としてから、客がそれを口にするまでの時間が非常に重要であることは共通だ。すぐに箸を付けなければ、その寸前に完全なる調和をみせていたスープや麺や薬味のバランスが崩れ、麺がどんどん伸びてしまう恐れがある。ラーメンは瞬足で食べるべきものだ。スピードを保ったまま、スープの最初の一口を啜る幸福感や、シャキッとしたシナチクを齧る満足感を並走して味わうのである。

 選ばれた材料を使い、それぞれの風味を加えながら全体のバランスを作り手が決める。そういう意味でいうと、カクテルの一杯とラーメンの一杯には似ているところがあるかも知れない。バーテンダーの腕は、その仕事に一貫性と独創性があるかないかで計られると言われる。例えばクラシックなギムレットを作りながらも、オーダーを迷っている客と巧みに会話して、その客が望むような味のオリジナル・カクテルも同時に作れるのが腕のいいバーテンダーだ。

 カクテルは、欧米では外食の際に最初に出てくる飲み物だ。複数で集まるときに、僕のようにいつも誰よりも最初にレストランに到着するタイプの人にとっては、皆が集合するまでひとりでバーに腰かけ、キーンと冷えた一杯のカクテルを飲むのは最高なひと時だ。カクテルが食前酒の役割を果たして店の雰囲気をうまく掴めるだけでなく、メニューを選ぶ際の食欲も誘う。また、アメリカのレストランにおいては、カクテルには“売上げを守る役”という、もうひとつ大事な役割がある。食べ物に比べて利幅が大きいカクテルは、店にとって救世主のような存在でもある。

 ストレートの酒類とは異なり、カクテルは味が奥深く、ときには酸味を効かしたり、甘みを出したり、ほんのり苦く長い後味をもたせたりできるため、軽い前菜によく合う。ということは、ラーメンを待っている間にカクテルを啜りながら、餃子やチキンから揚げなどの前菜を食べることも悪くないかも知れない。

 しかし、ラーメンは別だ。味が濃厚なラーメンと、同じように味の強いカクテルを一緒に食すのは、食べ合わせが悪いはずだ。それにラーメンとカクテルは両方とも“理想的な温度”で頂かないと、本来の味が楽しめない。

 ラーメンとカクテルの組み合わせの違和感には、味だけでなく時間の差異もある。ラーメン職人は自分の全ての努力を注いで何日間も、場合によっては一週間以上もかけてスープを準備する。そうして出来上がったラーメンは、すぐに食べた方がそれぞれの材料の味がはっきりして一番旨い。ラーメンを正しく頂くには、食欲だけでなく、職人に対する尊敬と集中力が必要となる。逆にカクテルは、バーテンダーの技を駆使して瞬時に出来上がるが、それを落ち着いた雰囲気の中でゆっくりと楽しみながら味わうのが良さなのだ。アメリカでは、この大きな違いに気づくことなく、せっかくの熱々のラーメンを無視するかのように、カクテルを手に話に夢中な客を見かけることが、残念ながら珍しくない。

 東京※とニューヨークで「アイバンラーメン」を経営するアイバン・オルキンさんが、あるインタビューで「ラーメンは異端者のようなクイジーン(料理)であり、全てが可能だ」と話していた。この解釈には幅があるだろうが、アメリカのサービス産業でも日本の「お客様は神様だ」と同様、「お客様がいつも正しい」と言われる。つまり、ラーメン屋もその例外ではないのである。「こってり豚骨スープに平打ち麺、ネギ大盛り」を頼んだ客が、同時に「ジントニックのダブル」を頼んだら、ラーメン職人もバーテンダーも客のために一生懸命にそれを作る。アメリカのラーメン屋にバーが付いているのは、決してラーメンからお客さんの集中力を逸らすためではなく、ラーメンを知らない新規客を取り込み、その土地のレストラン環境にスムーズに同化させるためという解釈も出来るかもしれない。つまり、アメリカのラーメン屋にとってバーというものは、ラーメンという商品にかける準備やプレゼンテーションと同様に、店の個性を出すために欠かせないアイテムのひとつなのだと思う。

 現状のアメリカにおいて、ラーメン屋に行くほとんどのアメリカ人は、「ラーメンは黙って熱いうちに食え、馬鹿野郎!」と客を叱かるような本物のラーメン屋の頑固親父と直面する準備は、まだ出来ていない。それはまだ厳し過ぎ、そのレベルに到達するには、まだまだ時間がかかるだろう。でも、いつかその日はきっとやってくるはずだ。そして、その日が来るまで、僕は毎回ラーメン屋できっとこう思うのだ。「もう、早く箸を取って、ラーメン食べなさいよ! 麺が伸びちゃうよ!」。

※「アイバンラーメン」東京店は、現在閉店しています。

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