日本からのアメリカ移住。そこで出会ったアメリカの料理たち

日本からのアメリカ移住。そこで出会ったアメリカの料理たち


 私(=麻子)がアメリカと日本を行ったり来たりするようになって、はや30年。人生の大半をアメリカで暮らしていることになる。東京郊外の一般的な日本の家庭に育ち、近くにあった農園に野菜や果物を買いに行くのが大好きで、父の出身地である千葉で春にはノビルやセリを摘み、料理上手な母の美味しい手料理を食べて、私は育った。友人たちは、うちの家族を狩猟民族とからかうが、イチゴの季節にはイチゴ狩り、サクランボの季節になればサクランボ狩り、そして桃狩り、ナシ狩り……。魚釣りも含めれば、父と私は一年中、自然の中で食べるものを採っていた。そんな育ってきた背景も関係しているのか、今はワシントン州シアトルの外れの環境問題と農業教育施設で「環境と身体に優しい料理」を提供するキッチンを任されている。

 アメリカで最初に住んだ町はアリゾナ州ツーソンだった。アメリカのことなんて何もわからずに渡米して、言葉もできないまま公立高校に留学した。当時のツーソンはこれといった産業がなく、スーツを着て出勤するのは銀行員と中古車販売員くらい。ホームスティで私を受け入れてくれた家族も右に同じで、怪我をきっかけに主夫をしていたホスト・ファーザーと、日本人のパテシエだったホスト・マザーは、日本ではあまり見ないトレーラーハウスで慎ましく生活をしていた。あまり裕福ではなかったけれど、とても仲が良いご夫妻。ホストファミリーにはすごくお世話になったけれど、料理はお世辞にも美味しいと言えるものではなく、驚きの連続だった。玉ねぎと牛ひき肉を炒めたものに、キャンベル社の缶のトマトスープを加えて、茹でたエッグヌードルを和えたグヤーシュ。箱に入ったピザ生地の素を使って作ったタルトのような生地に、缶のソースとサラミやチーズをのせて焼いたピザ。たしか、「今日は特別料理だ」と出されたグヤーシュを目の前に「グヤーシュはハンガリーの食べ物で、トマトとかパプリカとかたくさん入ったビーフシチューではなかったか?」と困惑したり、「ピザの生地ってイーストが入っていたはず?」ど、母が教えてくれた美味しいものの記憶が時折頭をよぎったが、慣れと若さは怖いもので、すぐに出された食事が美味しいと思えるようになった。

 その後、大学に進み友人も出来て、そのご家族と食事をしたことも度々あるけれど、料理と呼ばれるものは缶を開けて、瓶を開けて、袋を開けてというものがほとんどだった。硬くて使いにくいまな板に、今まで慣れ親しんだ三徳包丁とは程遠い、切れないナイフ。この国には家庭料理は存在しないと思っていた。

 それが変わったのは今の主人、ジャックの家族に出会ってからだ。私の姑はアメリカ南部で生まれて育ち、サウスキャロライナの名士でとても保守的な男性と若くして結婚した。姑はよく「若かったから分からなかったマナーや、南部の主婦としてのハウスキーピングの基礎を主人の家族に叩き込まれたの」という話をする。その姑と義姉、主人のジャックは1990年代にシアトルでは未だ普及していなかったリンゴなどの濃縮果汁を砂糖の代わりとして調理をするシュガーフリー・ベーカリーを経営していた。そんなこともあり、サリバン家の食卓には晴れの日も雨の日も手作りの料理が並んでいて、アメリカにもこんな家庭があるのだと感激した。

 次回は主人ジャックにとってのアメリカ料理について書こうと思うが、彼曰く、南部の野菜料理はクタクタになるまで煮込んであるので、それが野菜嫌いになる原因、とのことだ。そういえば、アリゾナでも野菜といえば缶のコーンや、クタクタで不味い冷凍のミックス・ベジタブルだった気がする。南部アーカンソー州出身の同僚の話を聞くと、南部の食生活はあまり変化をしておらず、未だに野菜嫌いの人が多いとのことだが、シアトル近郊では野菜の消費量もオーガニック農場の数も確実に年々増加しているし、調理方法もバラエティーに富んできている。ウォールマートやターゲットと言った生鮮食料品よりも加工品に重点を置いた大型スーパーが今なお台頭し、利便性が重要視されるアメリカ。たぶん、まだあの缶詰のトマトスープで作った料理をグヤーシュだと思っているアメリカ人は数多いのであろう。だからこそ、この国で安全な食品を使って全てを手作りすることには意義があり、それを多くの人に伝えて行きたいと思うのだ。

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