退屈でも投資の公式を学べ

退屈でも投資の公式を学べ


 私の両親は子供の頃の私と姉を、よくドライブ旅行に連れて行ってくれた。脇道を通って、地域の人々が息づく街の姿を見たりしながらゆっくり進むドライブは、両親が教えてくれた楽しみ方のひとつだ。私も家庭を持ってからは、子供たちと車であちこちを巡って来た。息子たちもドライブ旅行を楽しむようになってくれて、とても嬉しく思う。

 新しいものや楽しみを人に伝えていくことは、とても有意義な作業だと思う。特に、将来を担う次世代の層に、正しく、効率のよい方法を教えることは重要であり、親として、また教育者として、いかに教え方を工夫するべきかと常に考えてきた。 前回のコラム で「餅は餅屋に」ということを書いたが、教員や師匠も、人に何かを「伝授」するという商品を売る「餅屋」であると言える。日本の伝統武芸でも、技に秀でた達人が必ずしもよい師でない場合があるが、「教えること」は別のスキルだと思う。技術も精神も仰ぐことのできる「伝授のプロ」を探し、自分の在り方に合う流派や道場で修業するのは大事だ。教師であり、投資家である今の私においても、ときに厳しくも、ここまで導いてくれたのは尊敬できる私の師匠やメンターたちだ。

 私は連載当初から「投資と日本の伝統武芸は似ている」と述べてきたが、武芸と同じように投資の世界は、広く深い。投資にもいろいろな術があるし、知識が必要である。そのため、まずは「流派」を選び、日々稽古を繰り返して「型」を習得することを勧めたい。できれば、よい師に出会えるのが最高だが、自分に向いたやり方を見つけ、選び、公式(型)をひたすら学ぶのだ。そして習得が進むうちに、その人の人となりも反映した「芸」として完成されていくのである。

 少し本やネット情報をかじって投資を試してみた頃も、少しは儲けを出したこともあったが、系統的に学ぶ前は今のように「時間を買う」という観念で、ひと夏の旅に出たりする気持ちの余裕はとてもなかった。私の場合は恩師に出会い、地道な手法で「型」を学ぶ修行を経る機会を得たので、その過程は「精神」までも鍛えてくれることになった。

 英語の教師を30年勤め、現在も英語の壁を乗り越えながら金融・ビジネスの勉強をしている非英語圏の生徒を指導しているが、多くの生徒が「文法」や「公式」を学ぶのは退屈で面倒だと言う。かつての私もそうだったので理解できるが、英語も「文法」が、投資も「公式」を学ぶのが効率的で、 それを辛抱強く通過してきた生徒たちの結果は早く出る。

 精神の鍛練を積んだ武士は、不安を感じさせず、余裕がある。「投資道」も同じことで、鍛練を積んできた今、私は心を落ち着け、投資に、そして人生に向き合えていると感じている。

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