空への夢の始まり⑥――アメリカ留学で驚いた文化の違い その2

空への夢の始まり⑥――アメリカ留学で驚いた文化の違い その2


 前回に引き続き、今回もアメリカ留学を始めた頃に驚いた日米文化の違いについて、お話ししたいと思う。 友人たちと過ごす日常の中で、日本とは異なる様々な差異を見ることができた。

 まず、大学に通うアメリカ人学生たちは、平気で芝生や階段、道端に腰を下ろして座る 。ランチを食べた後に、芝生に寝転んで昼寝をする友人を見て、ワイルドで格好いいと密かに思ったが、実際に自分もそれができるようになったのは、かなりアメリカに慣れてからだ。

 また、アメリカ人は時間にルーズな人が多い。「5分前集合」が原則ともいえる日本社会で育った私には、アメリカ人の時間のルーズさが理解できなかった。約束の時間には、必ずと言っていいほど誰一人来ない(そのうちに私も30分遅れまでは受け入れられるようになったが)。人だけでなく、公共のバスや電車が予定時刻に遅れることなど日本では考えられないが、アメリカではそれも頻繁に起きる。タクシーも本当に来て欲しい時間より、30分前に予約してちょうどいいぐらいだ。

 時間の話のついでに書くが、アメリカの習慣のひとつとして、「ホームパーティーに呼ばれた時は、開始時間より少し遅れて到着するのがマナー」だと教わった。ホストも、ゲストが少し遅れて到着するのを見込んで準備しているため、開始時間ぴったりとか、開始時間よりも早く到着するのは、準備ができていない可能性があるので逆に失礼にあたるという。「招待された会に少しでも遅れて行くなんて失礼だ」と考える日本人の私にとっては、これは教えてもらって良かったアメリカン・ルールのひとつである。

 それから、食料品のサイズが大きいことにも驚いた。スーパーマーケットに陳列された何もかもが大きい。こんな特大サイズの商品を一体どうやって冷蔵庫に入れるのかと不思議に思ったが、アメリカでは冷蔵庫も馬鹿でかい。牛乳が1ガロンというサイズで売られており、日本でよく見かける1リットルサイズはアメリカでは一番小さいサイズだった。そのため、歩いて買い物に行っても、特大サイズの重い食料品を持って帰ってくるのが一苦労だった。自転車のハンドルの両側に買い物袋をたくさんぶら下げる方法も何度かトライしたが、危険な思いを何度かしたため、車の購入を検討し始めた。噂には聞いていた車社会のアメリカの現実というものを、こういった面から体感したのである。

 水を買うという発想も、当時の私にはなかった。実家の豊橋の美味しい水は蛇口をひねるだけで飲めたからだ。ボストンの水は飲めないわけではないがまずい。スーパーにはボトルに入った水が何種類も売られていた。今の時代は水を買うことは普及しているが、当時はまだ新しい発想だった。

 私は留学一年目で少なくとも5キロ太った。大学のカフェテリアのメニューの多さには喜んだが、そのボリュームは少なくとも日本の2倍はあった。ビュッフェスタイルが一般的なカフェテリアの食事は、大して美味しくはなかったが、物珍しさからいろいろと、しかも毎日お腹いっぱいになるまで食べた。自分では気づかなかったが、正月に実家に一時帰国した時に母に太ったことを指摘された。そんな食生活をしていれば太るはずだ。それからは、アメリカの学生達のようにりんごを丸ごとかじったり、生のブロッコリーやマッシュルームにもトライした。学内では飲み食べ歩きも、授業中にお菓子を持ち込んだりガムを噛んだりすることも許された。

 とにかく、私にとって何もかもが新鮮だった。郷に入れば郷に従えっということわざを思い出しながら、若かった私はアメリカンライフをスポンジのように吸収していった。

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