空への夢の始まり①――最初の問題は何と「トイレ?」

空への夢の始まり①――最初の問題は何と「トイレ?」


 青空はいつも私の近くにあった。「飛行機さん、私もドイツに連れて行って!」――豊橋の家の庭先に出ては上空を飛ぶ飛行機を眺め、幼いころの私はよくそう叫んでいたらしい。親戚の叔母たちがドイツで暮らしていたため、飛行機に乗ることと、彼らに会えることは私の中でセットだったのだろう。当時3歳くらいだった私の記憶は曖昧だが、母が笑ってよくそんな昔話をしてくれる。

 ドイツと私を繋いでいた「飛行機」の存在は、その頃から私の憧れだった。幼いころから、とにかく私は飛行機を見るのが好きだった。ひたすら空を眺め、飛行機の飛ぶ姿に憧れていた私は、次第に飛行機の持つさまざまなロマンにも憧れを抱くようになっていった。きっかけは「零戦」。母方の祖父が、零戦の模型を書斎の机の上に置いて、それをとても大切にしていたのだ。博識の高かった祖父は、私にいつもいろいろなことを教えてくれる大きな存在で、零戦の話も時折してくれた。祖父がつぶやく「おじいちゃんもパイロットになりたかったなあ」という言葉は、少女時代の私の心に深く響いた。ビジネスで成功している祖父は尊敬する存在だったが、そんな祖父にも果たせなかった夢があったということが私にとって衝撃だったのだ。

 パイロットは、おじいちゃんでさえなれなかった特別な仕事――。私の中でそれは次第に大きな夢になっていった。家族旅行で飛行機に乗る機会があるたびに、「私は祖父がなりたかったパイロットになる!」と心の中で誓った。飛行機はいろいろなところに連れて行ってくれるし、いろんな人と出会える。飛行機は凄い! そして夢はいつしか、航空業界で働くという決心に変わっていった。

 中学校の卒業作文に私は、「パイロットになって飛行機を飛ばすこと」と書いた。高校在学中、卒業後の進路希望を当時の担任に聞かれた時にも、迷うことなく「パイロットになりたい」と回答した。しかし、担任教師は「おい、もうちょっと人生、現実的になれ」と言って、一般的な大学進学しか勧めようとはしなかった。

 私の周りにパイロットの知人はひとりもいなかった。担任だけに限らず、質問や相談ができる人も皆無だった。真剣にパイロットになることを決めていた17歳の私は、どうして良いのか分からずに苦しんだ。そんな中で目にしたのが「日本初・女性パイロット誕生!」という新聞記事だった。女性初のパイロットが、中日本航空という会社で働いていると知り、私は居ても立っても居られない心境になった。しかし当時はまだ、インターネットもない時代。それ以上の情報を得るには、方法はひとつしかなかったため、私は迷わず行動した。この新聞記事を目にした翌日、 普通に高校に行くふりをして制服を着たまま、親に黙って電車とバスを乗り継ぎ、中日本航空の本社がある名古屋空港まで出かけていったのだった。

 今思えば無鉄砲だったと思うが、ドキドキしながら会社を訪ねて「彼女に会わせて欲しい」とお願いした私。幸運にもフライトから帰ってきた彼女との面会が叶い、自分の夢を伝えることが出来たのだ。しかし、彼女から最初に出た言葉は「この仕事はあまり薦めたくない」という意外な言葉だった。面会室のドアを閉めた後、彼女自身は真摯に私に話をし始めた。どんなに男性社会で生きていくのが大変かと言うことをたくさん聞かせてくれたのだ。その中でも印象に残っている話は、「トイレに苦労する」ということだった。その話を聞いた後は、あまりのショックで彼女の話が耳に入らず、上の空になってしまったことも覚えている。

 当時、彼女は小型機を使って仕事をしていた。小型機にはトイレが付いていない。そんな環境で長時間フライトの仕事が多いのは大問題なのだ。ぶっちゃけた話だが、男性なら紙コップにでも用をたせるが、女性はそうもいかない。しかし当然そんなことへの考慮など会社は考えないので、トイレを我慢するしかないわけだ。彼女は言った。「パイロットになりたくて頑張ったし、飛行機で飛ぶのは好きだけど、仕事をする環境が女性にはきつい。自分が女性であることをハンデにしないために、弱音を吐かずに耐えているのだ」と。

 女性パイロットに会えれば自分の夢に近づけると思い込んでいた17歳の私の心は現実を知った途端に一瞬で曇り、目の前が真っ暗になった。仕事場の環境が自分に与える影響まで考えたこともなかった。彼女と別れて、私の心は沈み切っていた。しかし「あの日」、そして「あの瞬間」こそが、私の夢への一歩だったのだ。ショックな話も聞かされたが、勇気を出して彼女に会いに行ったのは無駄ではなかった。

 帰りのバスに乗るために、ひたすら空港のフェンスの周りを一人で歩きながら、空港に離発着する大きな飛行機たちを目の前で見ているうちに、私の決心が固まった。「困難でもいい、挑戦しよう!」――沈んだ気持ちが嘘のように薄れていき、ますますパイロットになりたい!という熱い思いが心の中で膨らんでいったのを明確に覚えている。その熱意が冷めないうちに、私は彼女が教えてくれた航空大学へ電話をした。パイロットになるための道を現実のものにするために……。

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