空への夢の始まり②――アメリカ留学への決意

空への夢の始まり②――アメリカ留学への決意


 中日本航空の本社に女性パイロットを訪ねた後、家に戻ってすぐさま私は航空大学へ電話をかけた。

「もしもし、私、パイロットになりたいのですが」

 緊張して声が震えた。電話に出た係員の態度は、女性の私が「パイロットになりたい」と伝えた時点で、すでにぶっきらぼうだった。しかも女性パイロットから航空業界のトイレ事情を聞いてショックを受けていた私に、その係員はこう言ったのだ。

「ここには女性更衣室なんてないと思うよ」

 またもや、壁にぶち当たるような厳しい言葉が返ってきた。パイロットになる夢が、女子トイレや更衣室がないという予想外の理由で無残にも崩れていく……。私は「そうですか。ありがとうございました」と言って電話を切った。

 どうしたらパイロットになれるのか――しばらくはトイレと更衣室のことしか頭に浮かばなくなり、ついには「女性はパイロットにはなれない」という現実を受け入れようとするほど心は落ち込んでしまった。悩んだ末、私は父方の祖父に相談することにした。祖父はとても視野の広い人だったので、彼はすぐさま私にこう言った。「日本でパイロットになれないなら、アメリカに行ってこい! アメリカには女性パイロットがいっぱいいるぞ!」。

 なぜ、祖父がそんなことを知っていたのかは分からない。しかし、彼の言葉がウソではないことは分かった。当時アメリカには、すでに現役女性パイロットがたくさんいたのだ。アメリカの女性パイロットの歴史はすでに確立しており、航空会社のパイロット、ビジネスジェットのパイロット、教官など、さまざまな空の舞台で女性パイロットが活躍していた。

「アメリカ」――祖父の一言は、私を大きな希望へ繋げた。トイレや更衣室という問題は、場所を変えれば問題にならないことに気づけたのは、祖父のおかげだろう。

 しかし、それでもすべての問題が消えたわけではなかった。当時、私は英語が大の苦手だったのだ。パイロットは英語を使って管制塔とやりとりをするため、英語力は必須だ。新たな問題に気づいて怯む私に、祖父はさらにこう言った。「英語が苦手だと言い訳できるのは、心の底からパイロットになりたいと思っていない証だ。そんなものは克服しなさい。アメリカに行ってパイロットになって、自分の夢を現実にしてこい!」

 将来への選択肢に「アメリカ留学」という道があることは、それまで気づきもしなかったが、こうして私の人生は思わぬ方向へと進んだのだ。北海道大学を開設したことでも知られるクラーク博士の言葉に、あまりにも有名な「Boys be ambitious!(少年よ、大志を抱け)」があるが、私の場合は「Girls be ambitious!」。この言葉を何度も胸に言い聞かせて、私はアメリカ留学を決意した。しかし英語が大の苦手だった私を待ち構えていたアメリカ生活は、そう甘いものではなかった……。

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