厚切りベーコン山盛りの脂っこいブレックファスト・サンドイッチ

厚切りベーコン山盛りの脂っこいブレックファスト・サンドイッチ


 土曜日、ひとりの友人にサヨナラを言った。彼とは3年前の夏、シアトル近郊のカスケード山脈をハイキングしていたときに偶然出会った。お互い、ひとりでハイキングをしていた。僕が頂上にたどり着いた時に、彼は陽のあたる岩に座って、素晴らしい眺めとランチをひとりで楽しんでいた。初めて出会ったそのときに、彼は僕にビーフジャーキーを分けてくれて、僕は彼に特製のスパムおにぎりを分けてあげた。そして僕らは友達になった。以来、僕らは一緒にハイキングを楽しむようになったが、彼が故郷であるインディアナ州中部近くの会社に転職することを決めたので、僕らはサヨナラを言わねばならなくなったのだ。

 引っ越しの前日、サーモンとアスパラガスを焼きながら、二人で「僕らの冒険」の思い出を語りあった。山の尾根で突然の嵐にあったことや、美しい景色を楽しみながら休憩しているときに、1頭の大きなシロイワヤギがやってきて僕らの間に座ったこと、暑い日に人里離れたへんぴな場所で食べたりんご(僕のナップザックの底で長い間忘れられていたもの)が、想像できないほど甘くて美味しかったこと……。

 僕らは、彼がシアトルを引っ越したあとに「シアトルにあって、インディアナには無いもので、きっと恋しくなるもの」について話した。インディアナ州には山岳地帯や原生林、広大な岩、自然のままの原野がないので、北西海岸地域と同様なハイキングを楽しむことはできない。政治について親しい友人と長く語りあう機会も、きっと、もうないだろう。僕らの政治志向は異なることが多かったが、インターネットに掲載された知らない人たちが汚い言葉で書いたものを読むより、友人から反対意見を聞く方が相手の言い分をより簡単に理解できた。街の喧騒や雑音から離れた自然の中で、僕らはお互いに敬意を表した議論をよく繰り広げたが、そういう会話が今後はできなくなるのは残念だった。

 無くなって残念に思うものばかり思い浮かぶ中、彼にはひとつ「無くなっても“全く困らないもの”」があった。しかもなんと、それは「シアトルの食事」だという。食べることが何よりも好きな僕は、それを聞いてものすごく驚いた。シアトルには世界中の本格的な料理や、素晴らしい食材がたくさんある。沿岸都市なので新鮮な魚介類も豊富だ。この街に住む多くの人達がアクティブで健康にも関心が高いため、高品質でオーガニックの肉や野菜も簡単に手に入る。この街が発祥のスターバックスやタリーズコーヒーに加えて、数え切れないほどの個人経営の焙煎業者が途方もなく美味しいコーヒーを飲ませてくれる。地ビール工場の品質も一流だ。これ以上に何を望むのか?というようなラインナップである。

 しかし、アメリカの中西部で育った彼は、たっぷりのマヨネーズとバターが塗られたトーストの間に山盛りの分厚いベーコンと卵焼き、アメリカンチーズが挟まれたブレックファスト・サンドイッチが懐かしくて仕方がないそうだ。彼もハーブのフォカッチャや上品に調理された卵、燻製された肉や熟成チーズもそれなりに好きなのだが、どうにも「あのアメリカらしい脂っこい朝食サンドイッチと、朝早くに作って、そのままずっとカウンターで温められているすえたコーヒー」を味わいたいのだと言う。そして、「そういう朝食を出す店は、シアトルではなかなか見つからないんだ」と嘆いた。

 昔からのことわざに「食は人なり」というのがある。僕も中西部出身なので、僕らは二人とも、たくさんの成長ホルモンが注入された牛のミルクと肉、そしてお決まりの付け合わせ、ジャガイモとトウモロコシをもりもり食べて成長した。その結果、二人とも肩幅が広い、がっしりした体形になった。おかげで二人はかなり力強いハイカーになったが、シアトルで生まれ、もっと自然で健康的な食べ物を食べて育った細身の体型の人たちが、いつも少しだけ羨ましかった。彼らは余計な体重を常に運ばなくて良いぶん、楽々と滑るように登山道を歩いているように見えた。

 この友人と一緒にハイキングに行くことはもうない。僕はできる限り高品質の食べ物を探し、それに支えられながら登山道を歩き続けるだろう。そして彼はインディアナ州で行くあらゆるレストランや食堂で、ものすごい量の安くて早くてお腹を満たしてくれる食べ物を思う存分に楽しむだろう。きっと彼は、エクササイズのためにサイクリングやチームスポーツをするとは思うが、僕は彼がこれからもずっと健康であることを願っている。アメリカの田舎の小さな町と沿岸都市の生活は、全く違う。僕は彼とのハイキングと政治議論を懐かしく思うだろうし、彼がいなくなったことを寂しく思うだろう。

この記事の寄稿者

 アメリカ中西部オハイオ州の小さな田舎街に生まれる。オハイオ州立大学に通った後、アメリカ各地を転々と暮らしながら旅をした経験を持つ。これまでに就いた職業は飲食業、ツアーガイド、ミュージシャン、セールスマン、オフィス勤務、物書き、長距離トラック運転手、花屋さんなど多岐に及ぶ。現在はワシントン州にある国際輸送業関連会社に勤務し、平日は会社でデスクワーク、週末は趣味のハイキング、ランニング、写真撮影などに勤しんでいる。料理と食べること、そして自分と異なる文化を知ることが何よりも好き。文化の違いを学ぶだけでなく、共に美しい地球上で生きる者として、その差異の中にも人間として何か共通点を見つけることを常に心掛けている。

関連する投稿


アメリカ中のBBQを食べ歩いて1万ドル貰える、おいしい仕事とは?

アメリカ中のBBQを食べ歩いて1万ドル貰える、おいしい仕事とは?

アメリカを代表する肉料理のひとつ、バーベキュー・リブ。どの街にも我こそが一番だと名乗るバーベキュー自慢の店があり、独自のスパイスや焼き方を追求している。そんな中、ある大手企業が「1万ドルを貰って、アメリカで最も美味しいバーベキュー・リブを探してくれる人」という求人広告を出し、大きな話題を呼んでいる。


シアトルの「犬を飼うならシェルター」事情

シアトルの「犬を飼うならシェルター」事情

アメリカ生活も20年を過ぎた翻訳家の高柳準が、アメリカ文化とそれにまつわる矛盾を語る「アメリカで暮らしながら想うこと」。今回は、犬を飼いたい人たちが増えているという話。全米でも「ドッグフレンドリー」な街で有名なシアトルでは、家族の一員として迎える犬を見つけるまでが一苦労という事態が発生しているという。


死んだら肥料になる? ホラーな法案がワシントン州で成立間近

死んだら肥料になる? ホラーな法案がワシントン州で成立間近

アメリカには不思議な法律がいろいろ存在するが、ワシントン州で思わず首をかしげたくなるような「ホラーな法案」が承認され、この5月1日から施行されようとしている。かなり気味が悪い法律の全貌とは?


スターバックスも大迷惑? シアトルの薬物政策

スターバックスも大迷惑? シアトルの薬物政策

保守とリベラル派の対立が激化し「分断された」と言われるアメリカだが、実際には中道派も多く存在する。二つの異なる思想の間で様々な思いを抱く中道派の視点で、グッドイヤー・ジュンコが語る。薬物依存は、アメリカにおける深刻な社会問題のひとつ。その薬物ユーザーを庇護するかのような政策を行ったシアトルの未来は?


アメリカ料理はハンバーガーだけじゃない! 食通も支持する米南部の食

アメリカ料理はハンバーガーだけじゃない! 食通も支持する米南部の食

NYやLAなどの沿岸都市部に比べると、圧倒的に知られていないアメリカ南部。その文化、習慣、宗教観などをアーカンソー州よりジョーンズ千穂が紹介するコラム『アメリカ南部のライフスタイル』。今回は、一般的にはあまり知られていない米南部ならではの美味しい地元料理の数々をご紹介。






最新の投稿


奴隷制に対する賠償金を支払うのは誰なのか?

奴隷制に対する賠償金を支払うのは誰なのか?

米テキサス州に暮らすイスラム教徒の著者が、米国内でも報道されにくい保守派の声をお届けするコラム、西森マリーの「トランプ支持がなぜ悪い? アメリカ保守派の考え方」。今回は、トランプ大統領に対抗するリベラル派の大統領候補や政治家たちが「過去の奴隷制に対して賠償金を払うべき」と訴えていることについて、保守派の見解を解説する。


今週の神秘ナンバー占い(2019年7月19日~25日)

今週の神秘ナンバー占い(2019年7月19日~25日)

当たりすぎて怖い? ロサンゼルスを拠点に多くのセレブリティを顧客に持つ運命鑑定家、サラ・セイヤスがお届けする今週の神秘ナンバー占い。神秘ナンバーとは、東洋数秘術、西洋数秘術、アステカ秘術など複数の占術をベースに導き出す、運気を読み解く数字のこと。あなたの運勢はどのように変化する?!


クレジットカード社会のアメリカらしい、子供向けサービス

クレジットカード社会のアメリカらしい、子供向けサービス

日本とは異なり、アメリカでは50ドル以上の現金を持ち歩く人はとても少ない。「現金はまったく持たず、クレジットカードかデビットカードのみ」という人も大勢いる。そんなカード社会だからこそ重宝されている、子供向けのサービスがある。


50歳以上の女性を対象にした一軒家シェア・マッチングとは

50歳以上の女性を対象にした一軒家シェア・マッチングとは

地域などで差はあるものの、一般的に個人主義と言われるアメリカ人は、高齢になってもひとり暮らしを好む傾向が高い。しかし50歳を過ぎて独身の場合は、必ずしもそうとは言えないようだ。一軒家の所有者で同居人を探している人と、賃貸マンションやアパート暮らしに不安を感じている人をマッチングさせるサイトの人気が上がっているという。


アイデア靴下の大勝利? 旅行やアウトドアの必需品に

アイデア靴下の大勝利? 旅行やアウトドアの必需品に

夏、真っ盛り! 旅行やイベントなどの予定がある人も多い中、海外旅行や野外イベントに行くときに、ちょっと心配なのが貴重品の管理だ。大勢が集まる場所や海外ではスリやひったくりに遭わないよう、昔ながらの腹巻型の貴重品入れに財布やパスポートを入れて持ち歩く人もいるのでは? そんなあなたにオススメなのが、このアイデア靴下だ。


アクセスランキング


>>総合人気ランキング