『どれぐらい英語が出来ればいいんですか?』

『どれぐらい英語が出来ればいいんですか?』

竜盛博の「下から見たソフトウエア業界」 ソフトウエア開発の最前線で働くと、どういう風景が見えるのか。業界のトレンド、当地で話題のニュースから職場の半径10km以内で繰り広げられる同僚とのやりとりまで、日本からは見えにくい風景を切り取って現地からレポートする。


 日本で働くエンジニアの人たちとアメリカで働くことについて話すと、やはり英語についての質問をされることが多い。最低限どれぐらいの英語能力が必要なのか、そこが一番気になるのは当然だろう。そうした質問に対して「〇〇のテストでXX点取ればOK」と単純に答えられれば簡単なのだが、残念ながらそうはいかない。英語について思うところを余すことなく話そうとすると、ものすごく時間がかかってしまうが、重要なのは「アメリカで働き始めるための敷居は意外と低い」ということだ。「ネイティブ並みの発音」などは、もちろん出来ればそれに越したことはないが、エンジニアとして働くために必須というわけではない。

 大企業のエンジニアリング部門には「生粋のアメリカ人」は非常に少ない。例えば現在の私のチームは、上司を含めたメンバー7人全員がアメリカ国外の生まれだ。もう少し範囲を拡げて、もう一階層上のマネージャーの下にいるメンバーを見てみると、21人中、アメリカ生まれは2人だけ。ちなみに、その2人はそれぞれロシア系と中国系の二世でバイリンガルである。つまり、21人中19人の英語はネイティブではなく、21人全員がマルチリンガルなのだ。

 ちなみに、人種の多様性でも最先端を走るシリコンバレーでは、家庭で英語以外の言語を話している住民が過半数に達している。

『Language besides English spoken by 44 percent in California, more than half in Santa Clara County』: http://www.mercurynews.com/2015/11/04/language-besides-english-spoken-by-44-percent-in-california-more-than-half-in-santa-clara-county/

 ノンネイティブ・スピーカーの同僚たちが話す英語のレベルはまちまちで、それぞれ訛っていたり、文法がおかしかったりする。難しい単語や言い回しを使うと伝わらないことさえある。そのため普段の仕事においては、皆にきちんと伝わるような平易な英語を話す必要がある。さらに、エンジニアには職人的な面が多分にあるので、良いソフトウェアを書いて見せるだけでも自分の実力をある程度示すことは出来る。仕事内容の複雑さの割には、ソフトウェアエンジニアは一番英語力が問われない職種と言えるかもしれない。

 発音は訛っていても大丈夫、文法ミスもOK、あまり難しい単語は使わない。それでは「英語を勉強する必要はないのか?」というと、さすがにそういうわけにはいかない。では何を目標にすればいいのか。私が最も重要だと思っているのは「情報伝達速度」の向上である。具体的には以下のように、情報伝達速度を低下させる原因はいろいろあり、それぞれ違う勉強が必要になる。

■言葉がなかなか出て来なくて話すのに時間がかかってしまう→情報伝達速度が下がる→ 頻出フレーズを覚えよう。

■自分の日本語訛りが強すぎて相手が理解できない→情報伝達速度が下がる→発音を向上させよう。

■うまく内容が聞き取れず、何度も聞き直してしまう→情報伝達速度が下がる→聞き取りを練習しよう。

■文法に問題がありすぎて誤解を招くことが多い→情報伝達速度が下がる→文法の正確さに気をつけよう。

■良い言い回しを知らないため何かを説明する際に単語数が多くなってしまう→情報伝達速度が下がる→語彙を増やそう。

 このように、自分の現状で一番大きな原因がどれなのかを認識し、それを取り除くための勉強をすれば効率的である。逆の言い方をすれば、速度向上のボトルネックになっていない部分のトレーニングは必要ない。

 仕事の説明を日本語で行い、同じ内容を英語で行ったときにどれくらい余計に時間がかかるか。ざっくり言って3倍ぐらいだったら許容範囲内。2倍だったらほぼ問題なし、もちろん最終目標は「1倍」、つまり日本語と同じ速さで説明できることだ。例えば、以下のリンク映像内で話しているインド人は明らかに英語に訛りがあるが、聞き取るために努力が必要なほどではない。スピードも十分だ。よってこれが「最終目標」である。これくらいならば仕事上まったく問題なく、英語以外の仕事の実力の勝負になってくる。

『East vs. West -- the myths that mystify』:
https://www.ted.com/talks/devdutt_pattanaik

 手前味噌ながら、拙著「エンジニアとして世界の最前線で働く選択肢」にも実践的な「道具としての英語」の上達法が書いてあるので、興味のある方にはそちらも参考になるだろう。また、受験英語とは少し違った、IT業界の現場で目にする便利な言い回しを学ぶには別の書籍「ITエンジニアが覚えておきたい英語動詞30(板垣正樹著、秀和システム刊)」が役に立つ。この本も「不完全な英語」を使ってコミュニケーションを取ることを目標に執筆されていて、非常に実践的な内容である。余談だが、この本の表紙のモデルが「インド人のおじさん」なところも、IT業界の現状をよく表している。

この記事の寄稿者

宮城県仙台市出身。宮城県仙台第一高等学校卒業、東北大学工学部情報工学科卒業、東北大学大学院情報科学研究科修了。幼稚園から大学院まで、通った学校すべてが半径3kmの円内に収まっている。日本ヒューレット・パッカード社在籍中に米国駐在。日本帰任後に米国移住を決意、Agilent Technologies、Amazon.comを含むシリコンバレーやシアトルエリアの企業5社に勤務。現在は Microsoft Corporation AI & Research Group にて Senior Applied Scientist として働く。

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