【エッセイ】トランプ大統領の大好物は?

【エッセイ】トランプ大統領の大好物は?


 ドナルド・トランプはステーキが大好きなことは、広く知られている。彼のステーキは、必ずウェルダン(肉の中までよく焼いたもの)。それにケチャップをつけて食べるのだという。彼を中傷する人たちは、これこそが彼が洗練さに欠けている証拠であり、彼は品のない人間だと話す。逆に彼のサポーターたちは、これこそが彼が金持ちでも気取らず、自分たちみたいな普通の人である証拠だという。こうした発言によって、サポーターたちの出身地がどこなのか、僕にはわかる。

 僕が子供だった頃、この国の内陸部に住むほとんどのアメリカ人と同じように、僕の家族はたくさんの牛肉を食べた。 ほとんど毎晩と言っていいほど牛肉が食卓に上った。ハンバーグ、ミートローフ、タコス、スパゲッティ、ローストビーフ、シチュー、それにキャセロール(野菜や肉、パスタなどを混ぜてオーブンで焼いた家庭料理)。フライドチキンやポークチョップは、ときどき食べた。
 家から一番近い海まで、800㎞以上も離れていた。だから僕らは、決して魚介類を食べなかった。唯一食べたのは、パン粉をまぶして油で揚げてある冷凍食品だった。
 牛ひき肉は育ち盛りの子供たちがいる家族には、とても便利だった。安いからたくさん買えるし、タンパク質が豊富に含まれている。ステーキは少し値段が高かったから、僕らは特別な日にだけ食べた。そして、僕らがステーキを食べるときは、いつも焼き方はウェルダンだった。もし、そのステーキの中身がほんの少しでもピンク色だったら、すぐに調理場に戻して焼き直してもらった。僕の父は、いつも、そうやってステーキを食べた。だから、僕の家族も全員そうやってステーキを食べたのだ。

 月日が流れ、親から独立し、僕は内陸から西海岸に引っ越した。ある日、 ある友人の昇進を祝うために、友人たちと皆で高級感の漂う本格的なステーキハウスに行った。僕はいつもの通り、ステーキをウェルダンで頼んだ。それを見た友人たちは皆、失望と残念を混ぜたような様子で「3,000円以上もするステーキに、どうしてそんなことをするのか?」と僕に尋ねた。「そんなことをするなら、スーパーに行って300円のステーキ肉を買った方が良いよ。焼き過ぎたステーキには大した違いはないからな」と言われたが、「でも、僕はウェルダンが好きなんだ」と言った。
 実をいうと、それまで一度も他の焼き方でステーキを食べるなんて考えたこともなかったのだ。「僕らを信じろよ」と友人たちは口々に言った。「レアを頼まなくても良いから、ミディアムに挑戦してみてくれ。もしそれが嫌いだったら、僕らが君のディナーをおごるよ」

 僕は彼らを信じて、ウェルダンをミディアムに変えた。でも、僕は不安でいっぱいだった。子供の頃、肉を生で食べるのは危険だと親から教えられた。致死性の高い細菌は、きちんと処理し、調理をしないと食べ物のなかで成長する。レストランのメニューにさえも、『生や調理不十分な肉、家禽、魚介類、貝、甲殻類、卵は食中毒のリスクが高くなります』と注意書きがしてある。僕はただ不安だったのではなく、正直、怖かったのだ。オハイオ州から引っ越して来た若者が生焼きのステーキを食べるなんて、まるで生卵や生魚を食べるのと同じくらい、想像することさえできなかった。

 僕のステーキが運ばれて来た時、僕はありったけの勇気を振り絞って、一口切って食べた。その切れ端を口の中に入れるのは、すごく困難だった。そして、それを噛むことは、さらに大変だった。が、それを噛んだ時……。一瞬のうちに、僕は前とは違う自分になっていた。そのステーキはすごく柔らかくて、ジューシーで、そして、その味!牛肉がこんなに美味しいなんて全然知らなかった。その日から、いや、その瞬間から、僕はステーキをミディアムレアで注文するようになった。
 今、僕がウェルダンに焼いたステーキを食べるのは、バーベキューをするときか、誰かの家に招かれた際、その家の人がウェルダンに焼いたものを出してくれた時だけだ。それを拒否するのは失礼だから、僕は出されたものはきれいに食べる。そして、乾いた味気ない肉を噛んでいるときは、僕の友人があの夜、あのレストランでどんな風に僕のことを思っていたのか、完璧に理解することができた。

 先日、オハイオ州に帰省した時、僕の両親と近所のステーキハウスに夕食に行った。僕はリブアイ・ステーキをミディアムレアで頼んだ。僕の父は、ウエイターに『いつもの』を持って来てと言った。父はよくその店で食事をするから、ウエイターは父の好みをよく知っている。僕らの食事が運ばれてきた。僕のステーキを切ると、中は鮮やかに赤くてジューシーだった。ふと、父のステーキを見ると、父のステーキも同じように中が赤い。「父さん!」僕は驚いて父に訊ねた。「それ、食べられるの? ステーキはウェルダンでなきゃ食べなかったでしょ?」
「息子よ」と、父は言った。「お前が子供だった頃、正しいステーキの食べ方を教えてあげられなかったことを後悔している。その時は、まだ私も知らなかったんだ。でも、お前が自分でそれを見つけ出したことを嬉しく思うよ。お前はもう立派な大人だ。私がステーキの食べ方を教えるには遅すぎる。でも、他にひとつ教えてあげよう。大人は何かを間違えたとき、その間違えを認める能力を決して失ってはいけない。また、自分はすごく頭が良いから、何か新しいことを他人から教えられることはない、などと思ってもいけない」。
 僕は父の学びの姿勢に感動すら覚え、嬉しくなって父に言った。「父さん、すばらしいアドバイスをありがとう。じゃあ、今度シアトルに僕を訪ねてくれる時には、お寿司を食べに連れて行くよ」

 それを聞いた父は、こう言った。「生魚?それは『この旨いステーキにケチャップをかけて食べてくれ』と頼んでいるのと同じくらい酷い話だ。それは絶対に無理だね」。


※編集部:アメリカではケチャップは子供が好むもの、不健康なものというイメージを持たれているため、塩胡椒や特製ソースではないものをステーキに付けることを揶揄される傾向が強い。また、生卵は衛生面の理由でアメリカで食べることは推奨されていない。生魚を食べる習慣が全くない地域も多く存在する。

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この記事の寄稿者

 アメリカ中西部オハイオ州の小さな田舎街に生まれる。オハイオ州立大学に通った後、アメリカ各地を転々と暮らしながら旅をした経験を持つ。これまでに就いた職業は飲食業、ツアーガイド、ミュージシャン、セールスマン、オフィス勤務、物書き、長距離トラック運転手、花屋さんなど多岐に及ぶ。現在はワシントン州にある国際輸送業関連会社に勤務し、平日は会社でデスクワーク、週末は趣味のハイキング、ランニング、写真撮影などに勤しんでいる。料理と食べること、そして自分と異なる文化を知ることが何よりも好き。文化の違いを学ぶだけでなく、共に美しい地球上で生きる者として、その差異の中にも人間として何か共通点を見つけることを常に心掛けている。

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