日本のスナック菓子が大好きだったホイットニー

日本のスナック菓子が大好きだったホイットニー


 先週から、ホイットニー・ヒューストンのことを考えている。なぜだか分からない。
とにかく彼女の歌声が急に聴きたくなって、昔のアルバムに耳を傾けた。久しぶりに聞く彼女の歌声は、「やっぱり、上手い」。彼女に影響されてプロになり、活躍するようになった歌手はたくさんいるが、単に絶対音感を持ち合わせているだけの他の歌手たちとは違い、ホイットニーは心の琴線に触れる歌声の持ち主だと思う。歌声だけでなく、ルックスにも恵まれた彼女の1985年のデビュー・アルバムは、女性歌手による歴史上最高のセールスを記録した。黒人女性歌手として初めて、ポップアーティストとしてあらゆる世代と国を超え、スーパースターの階段を一気に駆け上ったのだ。

 1992年の映画『ボディーガード』を覚えているだろうか? ホイットニー・ヒューストン主演、
ケビン・コスナーが劇中ではホイットニー演じる“歌手”のボディーガード(セキュリティーという方が一般的だが)という設定のラブ・ロマンスだ。その映画の中で使われたホイットニーの歌う『アイ・オールウエイズ・ラブ・ユー』はグラミー賞を受賞し、音楽史上、女性歌手による最大のセールスを記録した。

 私は1990年代のホイットニーのジャパン・ツアーに関わった経験がある。デビューの数年後、一気に人気が急上昇し、2枚目のアルバムが出てすぐの来日公演だったと思う。残念ながら数年前に上場廃止になってしまった某電気メーカーがメインのスポンサーで、冬の札幌公演では何十台ものストーブの提供があってとても助かった。

 ホイットニー自身が年齢的に若かったせいもあると思うが、あんな華奢な体で、よくあれほどの公演回数をこなせたものだとつくづく感心した。ステージ上のホイットニーはとてもエレガントで、
ドレス姿が美しくて眩しかった。普段の彼女はとても気さくで、公演会場に到着すると笑顔で「ハーイ、元気ですか?」と日本の現場スタッフにも声を掛けていた。頼まれた物を探して届けると、いつも笑顔で「ありがとう」と言うのを絶対に忘れなかったし、ケータリング・ルームでスタッフの食べ残しのフレンチフライを見つけたときには、「あー、これ食べていい?」と言って手を伸ばすという調子だった。

 日本国内を移動する際の飛行機の機内では、ホイットニーは周囲の乗客たちを気にすることなく、来日中に見つけたお気に入りの日本のスナック菓子を、むしゃむしゃ食べていた。彼女が夢中になったお菓子は「カラムーチョ」だった。あの、チリ味ベースの辛みの強いスティック状のポテトスナックだ。その気に入り方は半端なく、おおかた食べ終わると袋の端を口に当てて逆さにし、底に残った粉々になったカラムーチョまで食べるほどだった(笑)。そんなカジュアルな振る舞いをみせる彼女の姿を、周囲の乗客は見たくても見ないようにしようと気遣っていた様子も思い出される。

 アメリカではよくあるストレッチ・リムジンも、当時は日本には1台しかなく、ホイットニーの陸の移動はその唯一のストレット・リムジンを使用した。公演地へリムジンが先乗りして、彼女を駅や空港で迎えたのだが、1台しかないような珍しい大型車は、どこへ行ってもとても目立った。でもホイットニーは、そんなことはお構いなしという感じで、そのストレッチ・リムジンをコンビニエンス・ストアに横付けしてもらっては、頻繁にお気に入りのお菓子を買いに行った。大スターのホイットニー自身が、突然カラムーチョを買いに現れたのだから、お店の人たちの戸惑いはどれほどであったかは想像して頂けるだろう。

 1993年9月、ホイットニーは『ボディーガード・ワールドツアージャパン』のため、同年の3月に出産した乳児の娘を連れて再び来日した。もちろん、乳母とアシスタント数人も一緒だったので娘のお世話は問題なかったが、4週間の長期滞在なのに、乳母は「おしめ、粉ミルク、離乳食を1週間分しか持参しなかったので、同じブランドの同じものを東京で探してほしい」と言ってきたのには、少々困ってしまった。東京で輸入品を扱う店にはアメリカ製のものはあっても、同ブランドのものは数や種類が限定されていた。何処に問い合わせても品物が揃わず、アメリカから送ってもらうようにお願いしたが、それも間に合わない。最終的には知人のツテから都内の米軍基地内のマーケットで取り扱っていることがわかり、関係者の助けを借りて日本滞在中に必要なおしめや粉ミルクを用意できた。ホイットニーの娘も乳児にして無事に海外ツアーデビューを果たしたという訳だ。

 あれから時は過ぎ、ホイットニー・ヒューストンは数々の栄光の記録を残しながらも、長期にわたる非合法の薬物摂取や生活のみだれから、あの力強い美声は失われ、悲しい最後を迎えることになってしまった。若くしてスーパースターになり、喜びよりも、責任と重圧の方が勝ってしまったのだろうか。ホイットニーが亡くなって5年が経つが、その3年後に娘のボビー・クリスティーナが亡くなるなんて信じられなかった。ほんの一瞬だが母と娘の二人と接した私にとって、人生とは何なのかを深く考えさせられた。

 1991年1月27日フロリダ州タンパ・スタジアム、第25回スーパーボールの開幕式でアメリカ国歌を斉唱したホイットニーは、いまだかつて誰も越えられないほど、すごかった。キラキラして、のびやかで、圧倒的な歌声が今も忘れられない。

 ホイットニーよ、永遠なれ。

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この記事の寄稿者

日本生まれ、日本育ち。東京を拠点に複数の大手音楽プロモーターに勤務してキャリアを積んだ後に渡米し、2001年にアメリカで独立。ファンクの巨匠「アース・ウィンド&ファイヤー」(Earth, Wind & Fire)のツアー・マネージャー兼プロモーター、R&Bの女王、メアリー・J・ブライジ(Mary J Blige)のツアー・コーディネーターなどを長きに渡って歴任。ビッグネームたちの舞台には欠かせない存在として、本場アメリカの一流の現場で活躍し続けている。音楽業界のほか、スポーツをはじめとする大型国際イベントなどのプロモーターとしても定評がある。ビジネスの現場はアメリカのみならず、日本、ヨーロッパ、アフリカ、オーストラリアなど世界中。世界のエンターテインメント市場で一線を走り続けている、数少ない日本人の一人。

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