「粘り」と永遠の「マンネリ」

「粘り」と永遠の「マンネリ」


 最近、イタリア人の友人と久しぶりに話す機会があった。彼女とはその昔、カナダのジャズ・フェスティバル関連の仕事をしている時に知り合ったのだが、年齢も近く、国籍も住む場所も異なるのに共通点も多く、未だに時折いろいろと相談しあう仲だ。私同様、アメリカ人と結婚後にアメリカに帰化し、今はジョージア州アトランタに暮らしている。

 彼女は現在、大手広告代理店の仕事をしているが、その日も「ちょっと相談があって」と電話をかけてきた。「ずっと前に話してくれた日本の不思議な劇団のこと、もうちょっと教えてほしいのよ」と言う。彼女の言う「不思議な劇団」とは、日本人なら誰もが知っているであろう「宝塚歌劇団」のことである。私が初めて海外で舞台の仕事をしたのは、約20年前の宝塚歌劇団の香港公演だった(恐ろしく時間が過ぎたものだ)。宝塚のことを、「言わば『永遠のマンネリ』で成功した劇団」だと説明したことすら自分では忘れていたが、彼女はそれを覚えていたのだ。

 宝塚歌劇団は文字通り「永遠のマンネリ」をブランド力にし、日本を代表する劇団のひとつになったと言えると思う。少女漫画を地で行くようなストーリー展開、美しく煌びやかな夢の世界。女性だけの集団を、女性中心のファンたちが支える。芸名の他にあるニックネームや、スターたちを見送るために終演後ズラリとファンたちが整列する姿を初めて見たときは、とても不思議に思えた。「特殊」という先入観から、最初はそれについていけるか心配だった私も、プロジェクトに関わるうちに、すっかりその世界観に魅せられてしまった(といっても、私は熱狂的ファンにはならなかったが)。イタリア人の友人は宝塚歌劇団の話を興味津々に聞きつつ、彼女のクライアントのことについて話してくれた。その話に、私はちょっと驚いた。

 生活の隅々に至るまでIT化が進んだ現代社会においては、何もかもが「スピード勝負」的な発想になりがちだ。特にビジネスにおいては、いち早く新しいアイデアに気づき、それをスピーディーに形にしていくことこそ、成功の近道という考え方が当たり前という風潮がある。日本でもそうかもしれないが、アメリカのビジネスシーンで誰もがこぞってソーシャルメディアを有効活用しようとするのは、そのためだ。ソーシャルメディアで火が付けば、商材のマーケット認知は当然早くなる。

 しかし、彼女のクライアントである某大手生活用品メーカーは「長期安定が最優先」という考えが強く、確実に収益が見込めるような商材を息長く売りたい方針のため、ソーシャルメディア優位の現代型マーケティングに懐疑的という話だった。一時はソーシャルメディア・マーケティングに力をいれていたそうだが、その方針を180度転換させるべく、彼女と彼女のチームが、世界各国の「永遠のマンネリ」的ビジネス成功事例を徹底調査することになったそうだ。

 彼女の話では、ここ1年程、似たような悩みをもつクライアントが増えているという。ソーシャルメディアで一時的に火がついても、市場で話題にされる時間が少なければ、「短期決戦」的な販売になりかねない。商品の開発には当然時間もお金もかかるわけで、「短期決戦」ではマズイだろう? というのが、聞こえてくる多くの声だそうだ。大事なのは「ブランド」で、忘れたくても忘れられないような企業、あるいは商材の「特色」を浸透させること――となれば、他にもっとふさわしい売り方の手法があるのではないか?となり、その調査に躍起になっているという。

 彼女と話しているうちに、私は『ニューヨーカー』誌のスタッフライターで、ベストセラー作家でもあるマルコム・グラッドウェルが、たびたび書籍やコラムの中で強調している「粘り」と言う言葉を思い出した。彼は「記憶に残る商材には粘りが必要である」と説き、マンネリを貫くことこそが、劇的にモノが売れ出す必然を作るといっている。しかも、モノが売れ出す変化は、徐々に起こるのではなく劇的なのだ、と。小学校での麻疹の蔓延や、冬のインフルエンザ伝染は、それらのウイルス潜伏期間を過ぎた段階で一気に感染を拡大する。モノが売れるのも、まさにこの原理と同じなのだ。メガヒット商品にならなくても、特定の層から圧倒的な支持を得て、時代の流れに左右されない収益化が望めるもの――アメリカの大手企業は今、それを模索しているのかもしれない。

 グラッドウェル氏の本は日本でもいくつか発売されているが、興味があったら是非読んで欲しい。アメリカ社会はIT化の恩恵にあずかり、そこに依存していることは大前提だ。しかし、こんな時代だからこそ、「永遠のマンネリ」の価値というものを、一度考えてみてもよいだろう。

今回のひとこと:
時代の流れに乗るよりも、時により大切なのは「粘り」と「マンネリ」

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