ラスベガスへの祈り――コンサートを悲劇の現場にしないために

ラスベガスへの祈り――コンサートを悲劇の現場にしないために


 メアリー・J・ブライジの2017年度コンサート・ツアーがようやく無事に終了し、やっと自宅のあるラスベガスに帰ってきた。長旅から自宅に戻り、安心して緊張の糸が緩みきった状態でソファーに座っていた夜に、あの米史上最悪の被害を出したラスベガスの乱射事件が発生した。犯人が野外コンサート会場に集まる大勢の人々を狙った事件……。私も野外コンサートでの仕事は数え切れないほど経験しているため、緊張しながらニュースに耳を傾けた。犯人の動機がいまだに判明されず、相も変わらず銃規制の議論もリベラル派と保守派が平行線のままであるアメリカの現実に気持ちが沈んだ。ラスベガスが位置するネバダ州は極めて銃規制法が緩く、身分証を提示しなくても銃が購入可能だということを改めて知ったことで、ますます憂鬱になった。この場をお借りし、亡くなられた方々のご冥福をお祈り申しあげるとともに、ご遺族に対し、哀悼の意を表したい。

 アメリカのコンサート会場では、必ず入口で持ち物検査と身体検査が徹底して行われる。これは、アーティストやスタッフの安全はもとより、チケットを購入してご来場くださるお客様の安全確保のためにも重要なことだ。入場には時間がかかってしまうが、そこに集うすべての人々のためには、そのチェックは慎重すぎるくらいの方がよいはずだ。

 昨今、多くのアーティストはコンサート会場で「Meet & Greet 」(ファンとのサイン会や写真撮影会など)を行っている。これはアーティストによって異なるが、「Meet & Greetが出来る特別チケットの購入者」を対象に行われるもので、だいたい50名から100名ほどに対し、開演前か、公演終了直後に実施される。コンサート会場に集まる人数に比べたら極少ないものの、これだけの人数がアーティストと握手やハグ、写真撮影をするとなると、「Meet & Greet 」を主催する側はアーティストの安全確保を絶対なものにしなければならない。失礼を承知で申し上げるが、アーティストを温かくサポートしてくださる大切なファンの方々の中には注視すべき行動をとる方がいることも事実なのだ。

 この「Meet & Greet」に参加するためには、通常のコンサートのチケットの値段より最低でも2〜3倍はする特別待遇つきVIPチケットを購入していただく。アーティストによってはVIPチケットの「 Meet & Greet」で得られる収入は、コンサート物販に相当するか、それ以上になる。これはコンサートにおける収入源のひとつだが、ツアーによっては莫大なプロダクション経費(ツアーバス、トラック、 機材、レンタル楽器、照明、ビデオ設備等)に充当することもできるため、アーティストにとって今や絶対不可欠のファン・サービスになっている。

 「Meet & Greet」の運営は専門の取扱会社によって代行される。その会社がセキュリティー要員を数人手配し、安全な会場を確保し、熱狂的なファンの整理にあたる。そこに集まるのは、高額なチケットを購入してまで自分のお気に入りのアーティストと肌の触れ合う距離で写真を撮りたいファンばかりだ。自分の順番が近づくと 、気持ちの高揚を抑えられずに奇声をあげたり、泣き出したりと興奮状態に陥ってしまう人が予想以上に多いため、ファンあってこそのアーティストではあるのだが、運営側としてはまずはアーティストの安全を確保しなければならない。興奮したファンの方々を失礼のないように落ちつかせ、バック、カメラ(携帯)等、全ての持ち物は一時セキュリティーの預かりとし、1秒でも素早く写真を撮っていただき、アーティストになるべく近づけないように誘導する。この一瞬のために高額なチケットを買って頂いた方をセキュリティーが誘導する様子は、側で見ていて申し訳ない気持ちもあるが、危険を最小限に抑えるためには致し方ない。すべては安全のためである。楽しいはずのコンサートが悲劇の現場にならないようにするためにも、運営側は気をぬくべきではない。今回のラスベガスの一件で、恐らく今後さらなる安全強化がされるようになるのではと思う。

 もっと言うとコンサートに限らず、アメリカに住む以上は、日々の生活の中でも「身の安全」には常に気を配る必要があると言えるだろう。先にも述べたように、この国には出口のない議論として銃の問題も身近にある。いつ、どこで何が起こるかも分からないのだ。例えば10月も終盤になり、もうすぐハロウィンだ。我が家の周辺もハロウィンの飾り付けを済ませた家が並んでいる。毎年、子供たちが楽しみにしているイベントのひとつだけに、彼らが安全に楽しい時間を過ごせるようにすることへの責任も感じる。我が家も、「トリック・オア・トリート!」と訪ねてくる近所の子供達にお菓子を配る予定だが、お菓子以上に気を配らねばならないことは、子供たちが安心してハロウィンを楽しめるように、地域の大人が公共の安全にも目を配ることなのかもしれない。

 日本では、子供よりも主に成人した若者たちがハロウィンを大仮装イベントとして、思いっきり楽しんでいると聞いた。どうか事故のないように楽しんでほしいと思う。安全第一。

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この記事の寄稿者

日本生まれ、日本育ち。東京を拠点に複数の大手音楽プロモーターに勤務してキャリアを積んだ後に渡米し、2001年にアメリカで独立。ファンクの巨匠「アース・ウィンド&ファイヤー」(Earth, Wind & Fire)のツアー・マネージャー兼プロモーター、R&Bの女王、メアリー・J・ブライジ(Mary J Blige)のツアー・コーディネーターなどを長きに渡って歴任。ビッグネームたちの舞台には欠かせない存在として、本場アメリカの一流の現場で活躍し続けている。音楽業界のほか、スポーツをはじめとする大型国際イベントなどのプロモーターとしても定評がある。ビジネスの現場はアメリカのみならず、日本、ヨーロッパ、アフリカ、オーストラリアなど世界中。世界のエンターテインメント市場で一線を走り続けている、数少ない日本人の一人。

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