ルールは絶対!……ではない

ルールは絶対!……ではない


 日本では「氷上の格闘技」と呼ばれ、荒々しい肉弾戦が強調されるアイスホッケーだが、パック(球技におけるボールに相当する硬質ゴム製の円盤)を持っている選手の体に激しく体当たりする「チェッキング」が許されるのは、実は一部のカテゴリーだということは、日本のホッケー関係者の中ですら、あまり知られていない。

 例えばアメリカでは、12歳以下のカテゴリーでは統括競技団体USA Hockeyのルールとしてチェッキング禁止、パックを取り合う際に体を寄せ合うボディコンタクトのみが許されている。これは、怪我などがあったとき、若年者に適切なルールを検討・適用しなかった責任を問われる訴訟を避けるためだけでなく、基本的なスキルを習得すべき年代では身体的なプレッシャーを減らし、スケーティングやパックコントロールの練習と実践に集中するための育成戦略でもある。ボディコンタクトのみのルールはIIHF(国際アイスホッケー連盟)が女子ホッケーのルールとして定めており、そこは日本でも同様だ。

 それではアメリカでは、12歳以上のホッケーはすべてチェッキングありのフルコンタクト・ルールになるかというと、そうではなく、レクリエーション的なリーグではチェッキング禁止が原則である。日本でも近年レクリエーション的なリーグ等で独自にチェッキング禁止ルールを導入し始めたが、初心者から始めた選手が多い大学ホッケー下部リーグや、小学校低学年のチェッキングを禁止するルールが国として導入されていないのは、世界でも日本くらいだろう。

 アイスホッケーのルールはIIHFで定められ、毎年少しずつ改定されていくが、アメリカのユースホッケーでは、年齢とレベルに合わせて、驚くほど柔軟にルールを適用している。十年以上前に国際的に改定されたルールであっても、ユースホッケーやレクリエーションホッケーの実情に合わないと判断されて適用されていないルールがいくつもある。特に近年は攻撃が有利になるルール改訂が多いが、ユースホッケーでは攻撃的になりすぎると、大量失点を恐れてスキルや経験値の低い子供たちを出場させにくくなる可能性があるため、攻撃有利の新ルール適用は見送られる傾向がある。国際ルールでプレーする、高いレベルの競技ホッケーまで到達する子供たちは、実際にはほんの一握りなので、ルールを一律に適用するよりも、実情に合わせて柔軟に適用する方が有益であるという、アメリカ的な合理主義がここに垣間見られる。

 国際ルール改正の度に、自動的に新ルールが通達され、ホッケーのスキルも身体も未熟な子供たちや、熟年の生涯ホッケー選手、ボランティアのオフィシャルまでもが右往左往しながら新ルールを周知し、遵守しようとする日本とは対照的だ。

 日本ではスポーツに限らず、一般的に規則の遵守が最優先だ。そのため規則が対象集団の実情に即していなくても、自分たちを規則に合わせようとするが、当然無理や不利益が生じる。さらに、規則の合理性が問われたり、論じられることは少ないので、実情に即さない規則が延々と放置されがちである。

 USA Hockeyではルール改正案をなんと毎年一般公募して、良案はルール委員会で議論の対象とされる。正に民主主義。規則は組織のためにあり、組織が規則の奴隷となることを防ぐ工夫は、硬直化しがちな日本の組織でも是非参考にしたいものである。

スポーツに関する記事 >

この記事の寄稿者

 筑波大学大学院体育科学研究科修了。USA Hockeyコーチ・ライセンスの最高位、Level 5(マスターコーチ)を保有。1997年に北米に渡り、日本人として初めてカナダのAAAレベルとアメリカNCAA(全米大学体育協会)でコーチを務める。
 帰国後、アジアリーグ日光アイスバックスのテクニカル・コーチを経て、2006〜12年は北米、2012〜13年はトルコ、2013〜15年は香港で男女代表チームを指導。
 2015年に米国へ移住し、NHLアリゾナ・コヨーテズのユースチーム他、世界各地のホッケーキャンプで指導。現場での指導の他、競技人口や競技施設を効率的に配置し、最適化された競技環境を構築する「競技構造」という概念を考案、研究している。

関連するキーワード


教育 子供 アメリカ人

関連する投稿


「名門校に通うと、偏るから行かない!」という選択

「名門校に通うと、偏るから行かない!」という選択

保守とリベラル派の対立が激化し「分断された」と言われるアメリカだが、実際には中道派も多く存在する。二つの異なる思想の間で様々な思いを抱く中道派の視点で、グッドイヤー・ジュンコが語る。ハーバード大学やスタンフォード大学――誰もが知る名門校だが、合格しても、このような名門大学には行きたくない人もいるらしい。


学校よりも面白い? ホームスクールでオンライン教育

学校よりも面白い? ホームスクールでオンライン教育

アメリカでは多くの子供たちが学校には通わず、親が自宅で教える「ホームスクール」で勉強している。こうしたホームスクールの多くは、オンライン教育を上手に取り入れており、数あるオンライン・プログラムの中には、『ハリー・ポッター』がテーマの科学の授業などもあり、人気を呼んでいる。


アヒル型ロボットをがんと戦う子供たちへ

アヒル型ロボットをがんと戦う子供たちへ

医療・がん保険の「アフラック」と聞けば、多くの人はコマーシャルに登場する、コミカルでちょっとトボけたアヒルを思い出すだろう。そのアヒルを模したロボットを、がんの子供たちに届けようという取り組みが始まった。同社がロボテック会社のSproutel社と共に開発したアヒルを紹介しよう。


キッズがおねだりする洋服の秘密

キッズがおねだりする洋服の秘密

最近、アメリカの子供たちの間で爆発的な人気を集めている洋服がある。ロサンゼルスのメーカーが販売している「Cubcoats」だ。可愛くて便利な上着の全容とは?


アメリカにおける教員の年収引き上げ、払うのは誰?

アメリカにおける教員の年収引き上げ、払うのは誰?

アメリカ生活も20年を過ぎた翻訳家の高柳準が、アメリカの文化とそれにまつわる矛盾を語る「アメリカで暮らしながら想うこと」。連載初回では、「公立の教員の給料を支払うのは、なんと私だった」という当然でありながら、別の意味で驚愕的な現実に対面した著者の視点をまとめた。






最新の投稿


有罪に見えにくい服装とは? 法廷スタイリストが選ぶセレブの出廷服

有罪に見えにくい服装とは? 法廷スタイリストが選ぶセレブの出廷服

巨額の資産を持つドイツの令嬢になりすましてニューヨークの社交界に入り、高級ホテルの宿泊費やプライベートジェットのフライト代などを踏み倒して有罪判決を受けていた女性詐欺師、アナ・ソロキン。今月、同被告に4~12年の禁固刑が言い渡されたことで再び法廷での彼女の服装や、他の女性被告たちの服装に注目が集まった。


今週の神秘ナンバー占い(2019年5月17日〜23日)

今週の神秘ナンバー占い(2019年5月17日〜23日)

当たりすぎて怖い? ロサンゼルスを拠点に多くのセレブリティを顧客に持つ運命鑑定家、サラ・セイヤスがお届けする今週の神秘ナンバー占い。神秘ナンバーとは、東洋数秘術、西洋数秘術、アステカ秘術など複数の占術をベースに導き出す、運気を読み解く数字のこと。あなたの運勢はどのように変化する?!


【Red vs. Blue】全米ライフル協会に迎合するトランプ、国連武器貿易条約から離脱か?

【Red vs. Blue】全米ライフル協会に迎合するトランプ、国連武器貿易条約から離脱か?

米二大政党、共和党と民主党。保守派共和党の公式カラーは赤、リベラル派民主党は青。当連載ではアメリカで報道された新聞記事について各派のアメリカ人が見解を披露する。今回は、銃規制に反対する全米ライフル協会を支持するトランプ大統領が、同協会の会合で「国連武器貿易条約」から離脱すると発言したことについて。


アメリカでは4人に1人がスマートスピーカーを所有している

アメリカでは4人に1人がスマートスピーカーを所有している

進化を続けるオンライン事情により、日々豊かに変化していく人々の暮らし。そんな世界で賢く生きる術とは? デジタルマーケティング専門家、ティム・ポールが解説するコラム『オンラインと僕らの生活』。アメリカの一般家庭におけるスマートスピーカーの普及率が上昇し、成人の4人に1人が所有するといわれるアメリカ市場の現状とは?


米大手メディアはなぜキリスト教徒迫害の現状を伝えないのか?

米大手メディアはなぜキリスト教徒迫害の現状を伝えないのか?

米テキサス州に暮らすイスラム教徒のジャーナリスト・西森マリーが、米国内でも報道されにくい保守派の声やテキサス州など南部の住民たちの声をお届けするコラム。今回は、欧米にはびこる「ポリティカル・コレクトネスの風潮」から、イスラム教徒の迫害は欧米でニュースになるのに、キリスト教徒の迫害は報道されないという現状について。


アクセスランキング


>>総合人気ランキング