なぜテキサスは、アメリカで最も死刑執行数が多いのか?

なぜテキサスは、アメリカで最も死刑執行数が多いのか?


 アメリカでは建国以来、長年にわたり最高刑として死刑が存在していたが、1972年に最高裁が「死刑は残酷であり、“残酷かつ異常な刑罰を与えてはならない”と記した合衆国憲法補正第8条に違犯する」という判決を5対4で下し、死刑が違憲とみなされた。

 その後、最高裁で違憲判決を下した5人の判事の1人であるリベラル派のダグラス判事が1975年に亡くなり、代わりにやや保守的な中道派のスティーヴンス判事が加わった。そして1976年、新しいラインナップになった最高裁は、「罪が非常に重大な場合、死刑は補正第8条に違犯しない」と定め、34州(※注1)で死刑制度が復活したのである。

 以降、これらの州で1,463人の死刑が執行されたが、そのほぼ4割に当たる544件がテキサス州で執行されているため、英語では死刑のことを「Texas justice(テキサスの正義)」と呼ぶことがある。テキサス州の住民のほぼ半数は保守的なプロテスタントで、彼らは旧約聖書の出エジプト記に出てくる「Thou shalt give life for life, eye for eye, tooth for tooth, hand for hand, foot for foot, burning for burning, wound for wound, stripe for stripe」、つまり「命には命、目には目、歯には歯、手には手、足には足、やけどにはやけど、傷には傷、打ち傷には打ち傷をもって償うべし」という同害報復の掟を信じている。

 そんな背景も手伝い、テキサス州はもともと死刑を受け入れやすい土壌であるのだが、彼らの死刑支持を決定的にしたのは殺人鬼・強姦犯のケネス・マクダフだった。マクダフは1966年に、16才の少女と15才、17才の少年を誘拐し、少女をレイプした後に3人を殺した罪で死刑を宣告されたものの、1972年に最高裁が死刑を違憲としたおかげで処刑を免れ、終身刑に減刑された。

 その後、テキサス東部地方裁判所でリベラル派なジャスティス判事が、「人道的囚人対策の一環としてテキサスの全ての刑務所にケーブルTVと卓球台を設置し、監房の面積を広げるべき」と主張。そして1989年に同判事は「囚人密度が高すぎる刑務所に囚人を閉じこめておくのは非人道的」という理由で、マクダフを含む127人の殺人犯(そのうち20人が死刑囚)を仮釈放した。

 釈放された彼らの多くは、仮釈放後すぐに様々な罪を犯して刑務所に舞い戻ったが、特にひどい罪を犯したのがマクダフだった。マクダフは出獄後の約2年間で5人の若い女性を残忍な方法で殺害した罪で1992年に逮捕され、翌年に死刑を宣告され、1998年に刑が執行された。当時を知る40代以上の人々の多くは、「予定通りにマクダフを死刑にしておけば5人もの若い女性が殺されずに済んだ。この悲劇は1972年に左傾の最高裁が死刑に対して違憲判決を下し、リベラル派のテキサスの判事がマクダフを仮釈放したせいだ」という見解だ。テキサスでは若い世代の人々も、この事件を親や年上の知人から聞かされているため、テキサス人の多くが死刑は適切な処罰だと信じているのである。

 つまりテキサス人は、リベラル派の判事たちの過剰な人道主義が招いた悲劇を反面教師として、死刑の意義を「身をもって悟った」のであろう。ちなみに「目には目を」という教えは、「目をひとつつぶされても、報復という名目で相手の両目をつぶすな」、つまり「必要以上の報復をするな」という意味である。旧約聖書が書かれた時代は、けんかで腕を折られたことへの報復として、加害者を殺すなどの過剰な仇討ちが横行していたため、同害報復は当時の人々にとっては人道的な仇討ちのルールだった。

 また、新約聖書ではイエスが同害報復を批判して、「悪人に手向かうな。もし誰かがあなたの右の頬を打ったら、その者にもう一方の頬も向けなさい。あなたのことを訴えて下着を奪おうとする者には上着もあげなさい」と教えている。そのため、リベラルなクリスチャン及びカトリック信者は、旧約聖書の一節よりもイエスの言葉を重視して死刑に反対している。

※注1死刑を復活させた州:
アラバマ、アリゾナ、アーカンソー、カリフォルニア、コネチカット、コロラド、デラウェア、フロリダ、ジョージア、アイダホ、イリノイ、インディアナ、カンザス、ケンタッキー、ルイジアナ、メリーランド、ミシシッピー、ミズーリ、モンタナ、ネブラスカ、ネヴァダ、ニュー・ハンプシャー、ノース・キャロライナ、オハイオ、オクラホマ、オレゴン、ペンシルヴァニア、サウス・キャロライナ、サウス・ダコタ、テネシー、テキサス、ユタ、ヴァージニア、ワシントン、ワイオミング
法律に関する記事 >

この記事の寄稿者

エジプト、カイロ大学で比較言語心理学を専攻。1989年から1994年までNHK関東ローカル・ニュース、NHK教育テレビ『英語会話I 』講師、NHK海外向け英語放送ラジオ・ジャパンのDJ、テレビ朝日系『CNNモーニング』キャスターを務め、1994年にオランダに移住。1998年、拠点をテキサスに移し、”レッド・ステイト(共和党が強い州)に住むイスラム教徒”というユニークな立場からアメリカでも日本でも報道されていないアメリカ保守派の視点を伝えている。

著書:
『ドナルド・トランプはなぜ大統領になれたのか?アメリカを蝕むリベラル・エリートの真実』(星海社)
『レッド・ステイツの真実 アメリカの知られざる実像に迫る』(研究社)
『世界のエリートがみんな使っているシェイクスピアの英語』(講談社)
『聖書をわかれば英語はもっと分かる』(講談社)

関連する投稿


【11/12追記あり】大統領よりも重要!?「最高判事」でアメリカが変わる

【11/12追記あり】大統領よりも重要!?「最高判事」でアメリカが変わる

保守とリベラル派の対立が激化し「分断された」と言われるアメリカだが、実際には中道派も多く存在する。二つの異なる思想の間で様々な思いを抱く中道派の視点で、グッドイヤー・ジュンコが語る。中間選挙が終わるや否や、アメリカ中が危惧する問題が勃発。大統領より時に重要で、国を揺るがしかねない最高判事問題とは?


中間選挙の結果がトランプ再選にとって好都合なワケ

中間選挙の結果がトランプ再選にとって好都合なワケ

テキサス州に暮らすイスラム教徒の著者が、米国内でも報道されにくい保守派の声をお届けするコラム、西森マリーの「トランプ支持がなぜ悪い? アメリカ保守派の考え方」。先日の米中間選挙で、トランプ率いる共和党は下院の過半数を民主党に取り返されてしまったが、保守派たちは「この方がトランプ再選に向けて好都合だ」と思っているのだ。


米消費者調査の結果が対極! 保守とリベラルは好きな商品まで異なる

米消費者調査の結果が対極! 保守とリベラルは好きな商品まで異なる

米中間選挙を目前にして、先日発表されたリサーチ機関シモンズによる「アメリカ消費者スタディー2018年冬編」の調査結果を米各紙が取り上げている。アメリカが抱える移民や国民健康保険の問題から地球温暖化まで、ことごとく意見が分かれる保守派とリベラル派だが、食品や洋服のブランドまで二者の好みが極端に異なることが分かった。


米中間選挙:今回は選挙に行く! 勢いづくアメリカの若者たち

米中間選挙:今回は選挙に行く! 勢いづくアメリカの若者たち

米中間選挙まで、あとわずか。 この選挙は米上院下院議員を選出するもので、この結果により議会の与党と野党が入れ替わる可能性があるが、4年に一度の大統領選に比べると中間選挙の得票率は低いのが通常だ。しかし、今回の中間選挙には、普段は投票しない大勢の若者たちが「投票しよう!」と立ち上がる動きが広がっていることが注目されている。


トランプ大統領、米国の「生得権」を廃止する意向を表明

トランプ大統領、米国の「生得権」を廃止する意向を表明

「アメリカで生まれた子供は自動的に米国民である」という米合衆国憲法は、150年前から継続するものだ。しかし、米中間選挙を直前に控えた10月31日、トランプ大統領は、その憲法を廃止する大統領令を発令する意向であることをTV番組のインタビューで述べ、世界を驚かせている。この大統領令の発令は合法なのか?






最新の投稿


シアトルのホームレス人口はなぜ減らない?

シアトルのホームレス人口はなぜ減らない?

アメリカ生活20年を過ぎた翻訳家の高柳準が、アメリカの文化とそれにまつわる矛盾を語る「アメリカで暮らしながら想うこと」。今回は多くの画期的な解決策が提示される「ホームレス問題」の中で、「この解決策ってどうなの?」という疑問が沸いてしまうような対策案について、リベラルな著者ならではの視点をまとめてみた。


こんなグロテスクな番組が人気に? ニキビ潰し映像に見入るアメリカ人

こんなグロテスクな番組が人気に? ニキビ潰し映像に見入るアメリカ人

ティーンエイジャーにとって最大の悩みのひとつが、ニキビ。成人でも顔や体にあるニキビや吹き出物に悩む人は多い。そんな中、どんなニキビも見事にスッキリと取り除いてしまう美人皮膚科医の存在がインターネット上で広まり、アメリカでは「その女医がニキビを潰す映像を見ること」がサブカルチャー的な人気を誇っているという。


【11/12追記あり】大統領よりも重要!?「最高判事」でアメリカが変わる

【11/12追記あり】大統領よりも重要!?「最高判事」でアメリカが変わる

保守とリベラル派の対立が激化し「分断された」と言われるアメリカだが、実際には中道派も多く存在する。二つの異なる思想の間で様々な思いを抱く中道派の視点で、グッドイヤー・ジュンコが語る。中間選挙が終わるや否や、アメリカ中が危惧する問題が勃発。大統領より時に重要で、国を揺るがしかねない最高判事問題とは?


中間選挙の結果がトランプ再選にとって好都合なワケ

中間選挙の結果がトランプ再選にとって好都合なワケ

テキサス州に暮らすイスラム教徒の著者が、米国内でも報道されにくい保守派の声をお届けするコラム、西森マリーの「トランプ支持がなぜ悪い? アメリカ保守派の考え方」。先日の米中間選挙で、トランプ率いる共和党は下院の過半数を民主党に取り返されてしまったが、保守派たちは「この方がトランプ再選に向けて好都合だ」と思っているのだ。


成功への選択「週末の体づくり」2018年11月9日~11月15日

成功への選択「週末の体づくり」2018年11月9日~11月15日

ロサンゼルスを拠点に多くのセレブリティを顧客に持つ運命鑑定家、サラ・セイヤスが送る「成功への選択」。算命学、数秘術、占星術などをベースにしたオリジナル手法を用いて、あなたが切り開くべき幸運への扉のヒントを毎週アドバイスします。さて、あなたのビジネスを成功に導くのは、どちらの選択肢でしょうか?


アクセスランキング


>>総合人気ランキング