権利意識が社会を変える:アメリカ女子アイスホッケー(前編)

権利意識が社会を変える:アメリカ女子アイスホッケー(前編)

アイスホッケーの在米コーチである著者が、アメリカのプロスポーツ・ビジネスの構造や考え方、ユース・スポーツの育成、アプローチ方法などを情報満載でお届けする、若林弘紀のコラム『スポーツで知るアメリカ』。平昌オリンピックの開幕まで、あと約1カ月。今回は注目の女子アイスホッケーで、なぜ北米が優位なのかを解説する。


北米の女子アイスホッケーが圧倒的優位である理由は?

 アイスホッケー女子日本代表も出場する平昌オリンピックが、いよいよ2月9日に開幕する。男子ホッケーでは世界最高リーグNHL選手の参加が見送られ、真の世界最強国決定戦とは言えなくなったが、女子ホッケーにおいては正真正銘の世界一決定戦である。とは言え、女子ホッケー界はカナダとアメリカの北米二強が完全制圧しており、過去のオリンピック、世界選手権、U18のすべての大会で、どちらかの国が優勝している。

 女子ホッケー界における北米の圧倒的優位を支えるのが、アメリカ大学NCAAホッケーである。プロ並みの施設でプロのスタッフの指導を受けながら一流大学で学業も修め、トップクラスの選手には高額な授業料を免除する奨学金も出る環境は、「女子のNHL」と呼ばれることもある。ホッケーの母国カナダにすらNCAAに匹敵するリーグはない。事実、アメリカだけでなくカナダの各世代代表選手も、ほとんどがNCAA卒業生もしくは現役選手であり、近年ではヨーロッパの女子トップ選手が集う場でもある。

男女の差別なくプレーさせる「タイトル9」

 NCAAではホッケーだけでなく、その他のスポーツもアマチュア世界最高レベルの環境にあるが、その環境を裏付けているのが1972年に施行されたタイトル9(Title IX)という法律だ。タイトル9は、「公金の補助を受けている教育機関においては、男女が性別によって差別されず等しく同じ環境で教育を受けられなければならない」と謳っており、「体育会スポーツ参加人数を学校の男女比と等しくする」、「男女のスポーツにかける予算を平等にする」、「スタッフの人件費、施設、用具、練習時間も男女同等にする」という原則の遵守が要求される。つまり「女子種目の方が人気がない、競技レベルが低い、興行収入が少ない」等、性差を理由に男子スポーツと条件を変えることは原則的に違法となるのだ。この原則はスポーツだけでなく、公教育の場における学業、文化的活動全般に適用され、同様の理由で男子を差別することも禁止されている。

 公教育に属さないクラブチームによるユース・スポーツの場においても、1972年に野球のリトルリーグの参加者を男子に限定する規定を違法とした判決や、その他の社会運動を経て、女子の競技環境が獲得され、整備されてきた。その結果、現在ではホッケーでも年代ごとの女子チーム、リーグが各地で競い合っているだけでなく、どの年代、競技レベルの男子チームでも、女子であることを理由に参加が制限されることはない。男子チームで女子がプレーする場合は、女子ホッケーで禁止されているフルコンタクトのチェッキングを受けることになるが、男子ルールの元、ホッケー選手として通用する限りは男子の大学チーム、プロでも理論上プレー可能であり、実際に男子プロのマイナーリーグでプレーした女性も数名いる。

 男女混成チームを持つクラブやスケートリンクでは、女子用ロッカールームを用意するガイドラインが定められているし、指導者ライセンスの受講科目の一部には、女子選手の指導要項もあり、チームに一人でも女子がいるチームのコーチは受講が義務付けられている。当然、優秀な女性指導者も多く、女子ユース・チーム、NCAAや女子代表のプロ・コーチに留まらず、男子チームを指導する女性コーチ、男子プロ選手を指導する女性スキル・コーチも少ないながらいる。

 「スポーツ」、「女性」等の括りに限らず、ある社会的グループの活躍の場が拡大し、向上していく背景には、タイトル9のような強力な法的裏付けだけでなく、当事者が不当な不利益を認識し、権利を主張する絶え間ない戦いも存在する。教育現場でタイトル9が遵守されていないとする訴えは、近年(2014年)でも年間100件以上に上る。アメリカ女子ホッケー界でも、代表選手の待遇改善を巡り、昨年新たな戦いが行われ、歴史的な大転換が見られた。(後編に続く)

 世界の女子ホッケーについて興味を持たれた方は、筆者のブログ「女子ホッケー特集」へ。 http://hockeylabjapan.com/blog/?p=582

「フィアレス・ガール」像を考案した企業の女性賃金差別が明らかに

https://bizseeds.net/articles/455

 ニューヨークの金融街ウォールストリートの観光名所として有名な「猛牛の像」。今年3月の国際女性デーに、その猛牛の像に向かって立ちはだかる小さな少女の像「フィアレス・ガール(恐れ知らずの少女)」が造られて以来、その像と一緒に写真を撮る大勢の観光客でにぎわっている。

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この記事の寄稿者

 筑波大学大学院体育科学研究科修了。USA Hockeyコーチ・ライセンスの最高位、Level 5(マスターコーチ)を保有。1997年に北米に渡り、日本人として初めてカナダのAAAレベルとアメリカNCAA(全米大学体育協会)でコーチを務める。
 帰国後、アジアリーグ日光アイスバックスのテクニカル・コーチを経て、2006〜12年は北米、2012〜13年はトルコ、2013〜15年は香港で男女代表チームを指導。
 2015年に米国へ移住し、NHLアリゾナ・コヨーテズのユースチーム他、世界各地のホッケーキャンプで指導。現場での指導の他、競技人口や競技施設を効率的に配置し、最適化された競技環境を構築する「競技構造」という概念を考案、研究している。

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