空への夢の始まり13――とうとう、ひとりで機体を飛ばす

空への夢の始まり13――とうとう、ひとりで機体を飛ばす

外国人には狭き門である、アメリカ一般旅客機パイロットへの道。その難関を突破し、育児をしながら現役活躍中の青木美和が、「夢の叶え方」を航空産業最新情報と共にお届けする『Sky High America』。アメリカの大学で航空学などを学びながら、フライト・スクールで実技を学ぶ生活にも慣れて来た頃、その日は突然やってきた。


フライト・スクールと大学の両立で充実した日々

 ワシントン州内の大学に通いながら、フライト・スクールでのトレーニングを同時進行する生活が始まった。大学では念願の航空業界に関連する授業を受けながら、飛行機のメカニズム、天気、航空力学、航空歴史などを学んだ。

 なかでも特に興味深かった学科は、航空法と空港ビジネス・マネージメントの授業だ。航空法の授業では、万が一、事故を起こしてしまった時に自分の権利を知っていること、それを主張できるようにすることを習い、過去の事故歴を例にしながらクラスメートとのディスカッション方式で航空法を学んだ。自分が事故を起こすことなど考えたことすらなかった私にとって、パイロットという職業を選ぶことへの責任感を改めて感じた。

 空港ビジネス・マネージメントの授業では、パイロットの観点ではなく、空港内の各部署を取り仕切る人たちの仕事内容などを学んだ。その授業で、飛行場内の駐車場の設計図を描かされる宿題が出されたときには驚いた。しかし、その授業を通して駐車場ひとつを取っても、お客様のニーズとターミナルまでの経路との関連などが重要であることが分かり、空港マネージメントの奥深さを知ることができた。

 学業とフライト・トレーニングの両立は大変だったが、自分が好きな学問を勉強できる日々は、楽しくて仕方がなかった。日本に住んでいた頃は、義務教育でいやいや勉強させられていた感が強かった。もちろん、義務教育を用意してくれた日本という国には感謝しているが、勉強したいと思って勉強したことはなかった。しかし、アメリカの大学在学中の頃の私は、 学ぶことへの意気込みが以前とは全く違っていた。確かに英語力不足でついていけない授業もあったが、教室に小型録音機を持ち込み、毎日授業を録音して、家に帰ってからそれを聴きながら復習し、宿題をした。

 フライト・スクールでは、 インストラクターと一対一の学科を受けていた。毎回、その日の目標を決め、レッスン・プランがしっかりできていたため予習復習がやりやすく、トレーニングは順調に進んでいた。一旦、基礎の操縦に慣れると、思っていたよりも飛行機を操縦するのは簡単だった。上がったり、下がったり、左右に曲がったりと大空の中で自由に操縦の基本を学んだ。地上の車の運転と異なり、周りにぶつかる物がない高度で、ゆっくりと飛ぶ方法や、S字をくねくねと描く練習、45度に機体を傾けて360度曲がる練習など、 新しいテクニックを順に習得していった。最重要視されたのは、失速しそうになった時のリカバリーの仕方だ。これは毎回のレッスン・プランに組み込まれ、失速しても機体を立て直すことを、自信を持って出来るようになるまで繰り返し練習した。

突然のソロ・フライト 私ひとりで飛べるのか?

 難しかったのは、着陸だった。着陸寸前までは上手くできるのだが、機体が地上に着くスレスレになると、どうしても操縦桿をぐいっと引っ張って、機体を地上から離してしまう。心のどこかで、「機体が地面に突っ込んでクラッシュしてしまう」と思っていたのだろう。こればかりは何度やっても慣れず、かなりの練習が必要だった。

 自分では「まだまだ」と思っていたある日、教官から予想していなかった指示が出た。この日は晴天で風もなく、絶好のフライト日和だった。いつもと同様に教官を横に乗せて、高度の高いところで様々なテクニックを練習した後、ホームベースの空港に着陸の練習をするために戻ってきた。いつもなら何度も繰り返し着陸を練習するが、その日は「今日は一回で戻ろう」と教官が言った。指示されたように着陸した後、フライト・スクール前のランプに飛行機を駐機し、エンジンを止めようとすると教官が言った。

「今から、ソロ・フライトだ。ひとりで行ってきなさい」。

 ソロ・フライトとは、すべて自分ひとりで離陸から着陸までこなすフライトだ。もちろん教官は地上で待機し、無線機を片手に生徒のフライトを見守る。ソロ・フライトは、ひよっ子パイロット達にとって大きな記念すべき日である。そんな大事なことを突然言われても、私には心の準備ができていなかった。「今からですか? もうちょっと練習が必要だと思うのですが?」と、不安げに気持ちを伝えたが、教官は「大丈夫だ。行ってこい!」と言って飛行機から降りてしまった。ドアをバタンと閉めた教官は、「Good Luck !」と親指を上げている。

 心臓がバクバクした。深呼吸を何度もしながら、タクシング(航空機が自らの動力で地上を移動すること)をして滑走路へ着いた。ラジオで自分が今から飛ぶことを周りに伝えると、エンジンを全開にした。離陸は得意だったので不安はないはずだったが、緊張してスロットルを握る手がガチガチだった。

 機体が地上から離れ、ふわっと浮いた。これまで練習した通りに高度を上げていく。 何度も同じことを繰り返して来た練習は、思っていたよりもずっと効果的だった。気付いた時には、ダウンウインド(滑走路に対してパラレルに飛ぶこと)で飛んでいた。その時に初めて、いつも細かく指導してくれる教官が隣に座っていないことを実感し、自分がひとりでこの飛行機を飛ばしていることに心の底から感動した。言葉にできないような達成感と誇りと自信、そういう感情が一気に身体中を満たし、不安が薄れてくると、人生初の単独飛行着陸に対して、「よーし! やってやるぞ!」という気持ちになってきた。

 高度を下げながら、ラジオで着陸態勢に入ることを周りに告げた。教官からの指図やエールは一言もラジオから聞こえなかったが、不安ではなかった。練習通りに独り言を言いながら、チェックリストを順番に確認して着陸態勢に入った。機体が地面ギリギリまで来た。教官に言われ続けたことを思い出した。機体を地上と平行になるようにゆっくりと態勢を変え、操縦桿を失速させない程度に引き始めた。ドン!ッと言う体感とともに着陸した。ホッとしたと同時に、私は嬉しくて楽しくて仕方がなかった。そして、もう一度スロットルを全開にし、飛び立った。

 合計3回の離着陸を終えて、スクール前のランプへ帰って来ると、教官が地上で出迎えてくれた。握手を促されて右手を差し出した。ぐいっと力強く握られて、痛いほどのグリップだった。その時に初めて、緊張していたのは私だけではなく、教官も同じように緊張して見守ってくれていたことに気づいた。この日の達成感は人生の中で忘れられないものになったと同時に、周りの人への感謝の気持ちが、改めて身に染みた日であった。

学生たちのスタディー・スペース 「みんな、どこで勉強しているの?」

https://bizseeds.net/articles/600

アメリカ東海岸の寄宿学校を卒業後、難関コロンビア大学バーナードカレッジに入学した日本の若者は、アメリカの若者をどう見るか? 次世代を動かすアメリカの姿を紹介する光田有希の『取説:アメリカの若者たち』。アメリカでは自主的に勉強する学生が多く、それぞれがお気に入りの場所があるようだ。勉強が捗るのは、どんな場所なのだろうか。

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この記事の寄稿者

愛知県豊橋市出身。高校卒業後、渡米。ボストン郊外のセーラム・ステート・カレッジで英語を学び、その後、航空学科のあるワシントン州グリーン・リバー・コミュニティ・カレッジへ。同校を経てセントラル・ワシントン大学に編入し、航空学で学士号、工業エンジニアリングで修士号取得。卒業後、同大学で操縦教官に就任。7年間の教官生活の傍ら、個人用ビジネスジェット機のパイロットも経験。2007年3月に 『Women in Aviation, International』 から奨学金を受けると共に、アジア人の女性パイロットネットワーク『Women in Aviation Asia』を発足。2008年1月、ホライゾン航空入社。不景気で一時解雇となり、グアムで遊覧飛行、飛行訓練、ドクター・ジェットの操縦を務めるも、2010年10月に同社復帰。同年、航空宇宙産業技術展2010ビジネスジェットパネリストも務めた。現在はオレゴン州に拠点を移し、家庭を持ち、子育てをしながら空を飛んでいる。

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