権利意識が社会を変える:アメリカ女子アイスホッケー(後編)

権利意識が社会を変える:アメリカ女子アイスホッケー(後編)

アイスホッケーの在米コーチである著者が、アメリカのプロスポーツ・ビジネスの構造や考え方、ユース・スポーツの育成、アプローチ方法などを情報満載でお届けする、若林弘紀のコラム『スポーツで知るアメリカ』。2月9日に開幕した平昌冬季オリンピック。前回に引き続き、北米の女子アイスホッケーがなぜ優位なのかを解説しよう。


世界選手権への参加をボイコット

 世界選手権四連覇中で、平昌オリンピックでも優勝候補の筆頭として戦っているアメリカ女子アイスホッケー代表チームは、昨年3月の世界選手権開幕2週間前に、統括団体「USA Hockey」に対して、代表選手の待遇改善を求めて選手全員で世界選手権への参加をボイコットするストライキを決行した。

 北米4大プロスポーツのひとつである男子ホッケーとは異なり、女子ホッケーにはプロリーグが存在しなかった。2015年に創設され、日本代表GKの藤本選手も参戦した女子プロリーグNWHLにより、女子ホッケーのトップレベルの選手たちにも有給でプレーする場が出来たものの、NWHLの経営は安定せず、2年目には給与カットに直面するなど、世界トップレベルの女子選手であっても、ホッケー選手だけで生活することは事実上、不可能だった。

 これまで女子代表は、スポンサー企業を持つ選手以外は、基本的にオリンピックの年の6カ月間、「USA Hockey」から月1,000ドル(約11万円)の手当てを受けるだけで、半数の選手は仕事をしながら、残りの選手は家族からの経済的援助に頼って生活していた。

 このような状況を打開するため、アメリカ女子代表は2016年から、オリンピック・レベルの選手に対しては、「USA Hockey」から通年でプロ選手として生活していける経済的サポートを受けたい旨を提案。基本的にNHL選手で構成される男子代表と同様、大会移動時のビジネスクラス利用、家族を招待する費用の負担、保険の提供、ホッケー用具の支給限度額の引き上げ等の諸条件、また男子のU18代表育成プログラムと同様の女子育成プログラムを創設するための交渉を開始していた。

 しかし、1年間、交渉は全く進展せず、代表選手たちはSNSで世界選手権ボイコットの声明を発表した。「USA Hockey」は、「我々は選手を雇用する組織ではない。また、選手たちにはすでに十分な報酬が用意されているはずだ」として交渉を拒否し、代替選手、つまり代表二軍の招集を開始した。ところが、新たに招集を通知された選手たちは、次々と「未来の女子選手たちのための、代表選手たちの戦いを支持し、代替としての代表入りを拒否する」とSNSで発表し、二軍の編成すら不可能になった。

 実は、代表選手のリーダーたちは、過去1年以上、ストライキによる代替選手招集の可能性を想定し、U18代表を含む、代表候補選手100人以上と直接話し合い、女子選手が一丸となって未来のために待遇改善に取り組むよう結束を強めていたのである。

真のリーダーシップを備えた人材を育成してきた米女子ホッケーの勝利

 「USA Hockey」との交渉は再開したものの、女子代表が求める待遇は認められず、刻々と世界選手権の開幕が迫る中、世間の注目は高まり、「USA Hockey」のスポンサー企業が懸念を表明。ついには上院議員団が「競技統括団体にはTed Stevens Olympic and Amateur Sports Actに基づき、男女の差別なく待遇を定める義務がある」との書簡を「USA Hockey」に送った。国からの補助を受ける競技団体として、議員団からの書簡は決定的であり、この時点で女子代表の勝利が確定した。

 2017年3月29日、世界選手権開幕2日前に、「USA Hockey」は女子代表の待遇改善に合意し、代表選手たちには、オリンピック期間外でも年間7万ドル(800万円弱)の給与の他、男子代表と同様、ビジネスクラスでの移動、保険等が認められた。そして、アメリカ女子代表は、直前のリンク外での騒動にも関わらず、見事、大会四連覇を達成した。

 アメリカは、世界でも男女同権意識が強い国のひとつだが、それは性差を強く意識させられる社会の裏返しでもある。女子ホッケー代表のボイコット騒動の報道に対しても、多くの支持を集めただけでなく、冷ややかな言葉や露骨な差別、見下したコメントが少なくなかった。

 重要なのは、当事者である女子代表選手たちが、思い付きや一時の感情ではなく、法的根拠に基づき、強力なリーダーシップと優秀なサポートを得て、用意周到にストライキを準備し実行したことである。交渉役として、サッカー女子代表で、過去に同様な権利を勝ち取った弁護士を起用。また、交渉内容には現在の女子代表の待遇だけでなく、育成プログラムやマーケティングの強化も盛り込まれており、さらに、ライバル国カナダに習い、女子の代表者が「USA Hockey」の意思決定に参加する委員会も設置させた。つまり、自分たちのプロアスリートとしての生活だけではなく、「女子ホッケー選手の未来を変えるための戦い」を、言葉だけでなく制度として勝ち取ってみせた。誰よりも称えられるべきは、女子代表と候補選手が一丸となって戦うため、選手全員がストライキに参加し、代替選手の招集に応じないことを主導したリーダーの女子選手たちだ。権利意識で社会の未来を変える、真のインテリジェンスとリーダーシップを備えた人材を育成してきた、アメリカ女子ホッケーの歴史的勝利であった。

それでも、やっぱり「仮想通貨投資」はやめられない

https://bizseeds.net/articles/634

1月26日、仮想通貨取引所大手のコインチェックが利用者から預かった約580億円相当の仮想通貨「NEM」を不正アクセスによって失った事件は、アメリカでも話題になったが……。

世界の女子ホッケーについて興味を持たれた方は、筆者のブログ「女子アイスホッケー特集」へ。
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この記事の寄稿者

 筑波大学大学院体育科学研究科修了。USA Hockeyコーチ・ライセンスの最高位、Level 5(マスターコーチ)を保有。1997年に北米に渡り、日本人として初めてカナダのAAAレベルとアメリカNCAA(全米大学体育協会)でコーチを務める。
 帰国後、アジアリーグ日光アイスバックスのテクニカル・コーチを経て、2006〜12年は北米、2012〜13年はトルコ、2013〜15年は香港で男女代表チームを指導。
 2015年に米国へ移住し、NHLアリゾナ・コヨーテズのユースチーム他、世界各地のホッケーキャンプで指導。現場での指導の他、競技人口や競技施設を効率的に配置し、最適化された競技環境を構築する「競技構造」という概念を考案、研究している。

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