アメリカを二分するイデオロギーの根底は中絶問題にある?!

アメリカを二分するイデオロギーの根底は中絶問題にある?!

 テキサス州に暮らすイスラム教徒の著者が、米国内でも報道されにくい保守派の声をお届けするコラム、西森マリーの「トランプ支持がなぜ悪い? アメリカ保守派の考え方」。今回は中絶、不法移民、銃規制問題など、ことごとく意見が合わないアメリカの保守派とリベラル派のイデオロギーが具体的にどう異なるのかについて。


なぜ、これほどまで意見が分かれるのか?

 先月27日、右寄りだが中道派であるケネディ最高裁判事が退職することが発表された。

 これを受けて、民主党は何百万ドルもの予算を投じて、トランプ大統領が選んだ後任者の就任を徹底的に阻止するための運動を繰り広げている。民主党の鬨(とき)の声は「中絶権を守れ!」。リベラル派でも中道派でもなく、保守派の判事が9人制の最高裁入りすれば、「5対4でロー対ウェイド(中絶を合法化した判決)が覆されてしまう」と、リベラル派の恐怖心を煽っている。

 一方、共和党内の中道派は、「中絶権は国家ではなく、州ごとに決めるべき」と考えており、共和党派の約5割を占める福音主義キリスト教徒は「中絶は全面的に禁じるべき」だと考えている。

 このように「中絶」は、アメリカを二分する大問題であり、双方の考え方に接点がない。

 リベラル派のほとんどは、中絶は女性の基本的人権だと考えている。また、中絶権がなければ、カナダなど他国に中絶手術を受けには行けない低所得者やマイノリティーの人々の間で未婚の母親が増え、女性の社会的進出が拒まれるため、中絶権はマイノリティーや貧困家庭に社会的な正義を与えるためにも絶対に必要だと考えている。

 それに反して保守派は、胎児の立場から中絶を見ているため、中絶は人殺しだ。特にカトリックや福音主義キリスト教徒は、何の罪もない最も無力な弱者である「赤ちゃん」を「殺す」という行為は、神の道に背く極悪非道な最悪の罪だと信じている。そのため1980年〜90年代には、共和党が勢力を持つ地方の州において中絶クリニックを人の鎖で囲んだり、入口で中絶された赤ちゃんの写真を配ったり、座りこんで祈りを捧げるなどの過激な反対運動がしばしば行われていた。

 しかし、これが裏目に出て、多くの人々から「保守派キリスト教徒の中絶反対派は怖い」という反感を買ったため、ブッシュ政権発足後は信者数人が手作りのクッキーやパイを持って近所の家を戸別訪問し、地道に中絶反対を訴えるという方針に切り替え、個人レベルで中絶賛成派の説得に当たっている。

テキサスにおける中絶反対連合の説得術

 私はテキサス州に20年近く住んでいるが、何度もこの「家庭訪問」を体験している。まず、彼らは、いわゆるアングロサクソン(白人)の福音主義者だけではなく、中絶という共通の敵に立ち向かうムスリム、カトリック系ヒスパニック、黒人を含む中絶反対連合(anti-abortion coalition)のような存在だ。ヒジャーブをかぶったムスリムの女性やヒスパニックは、「ムスリム、ヒスパニックの信条を守るために!」、黒人は「中絶される赤ちゃんの35%は黒人。つまり中絶は黒人殺しだ」と、それぞれの立場から訴える方法には説得力がある。

 さらに彼らは、中絶反対派の富裕層たちから経済的支援を受けており、ナショナル・ジオグラフィックが製作した「In The Womb」(子宮の中:胎児の成長を実写のような完成度で再現したドキュメンタリー)のDVDや、胎児の1週間ごとの成長の写真を配り、胎児が8週間目には人間の形をしていることや27週間目には痛みを感じるという医学的データを示して、中絶は人殺しだと訴えるのだ。

 個人的に私が最も苦手とするのは、黒人やムスリム、ヒスパニックの妊婦の訪問者たちだ。妊婦から、彼女たちのお腹にいる胎児の様々な段階の超音波写真を見せられて、「妊娠した女性が自分の8週間目の胎児の写真を見てかわいいと思うのに、他の胎児には同情しないのは偽善、マイノリティー差別だと思わないか?」と問い掛けられると回答に困窮する。私自身は環境保護の立場から人口増加防止のためにも中絶は必要だと考えているため、どんな写真を見せられても動じないが、子どものいる人や信仰心がある人は、妊婦たちの説得を受け入れることだろう。

アメリカを二分する問題の根源は中絶問題

 アメリカを二分する大問題には、銃規制、不法移民、オバマケア、地球温暖化などがあるが、実はこれらにも中絶問題が非常に大きく関わっている。

 前述した通り、多くの保守派は、中絶を支持するリベラル派のことを「道徳心に欠ける赤ちゃん殺し擁護者」だと考えている。そのため、リベラル派が「全米ライフル協会は人殺しの団体だ」、「不法移民の子どもを親から引き離すのは人権無視だ」、「オバマケアが廃止されたら貧者が死んでしまう」、「地球温暖化でシロクマが死んでいる」と叫んでも、保守派はあきれ顔でこう応えている。

 「毎年70万人近くの赤ちゃんが、お母さんのお腹から引きずり出されて殺されている。赤ちゃん殺しを正当化している連中に、人権や命の大切さを説教される筋合いはない」

 このように多くの保守派は、「中絶に反対するリベラル派には、人権を語る道徳的基盤がない」と考えているため、銃規制や不法移民、オバマケア、環境問題に関しても、両者が折衷案にたどり着く見込みは残念ながら当分ないだろう。

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この記事の寄稿者

エジプト、カイロ大学で比較言語心理学を専攻。1989年から1994年までNHK関東ローカル・ニュース、NHK教育テレビ『英語会話I 』講師、NHK海外向け英語放送ラジオ・ジャパンのDJ、テレビ朝日系『CNNモーニング』キャスターを務め、1994年にオランダに移住。1998年、拠点をテキサスに移し、”レッド・ステイト(共和党が強い州)に住むイスラム教徒”というユニークな立場からアメリカでも日本でも報道されていないアメリカ保守派の視点を伝えている。

著書:
『ドナルド・トランプはなぜ大統領になれたのか?アメリカを蝕むリベラル・エリートの真実』(星海社)
『レッド・ステイツの真実 アメリカの知られざる実像に迫る』(研究社)
『世界のエリートがみんな使っているシェイクスピアの英語』(講談社)
『聖書をわかれば英語はもっと分かる』(講談社)

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