空への夢の始まり 最終回 — とうとう旅客機のパイロットに!

空への夢の始まり 最終回 — とうとう旅客機のパイロットに!

外国人には狭き門である、アメリカ一般旅客機パイロットへの道。その難関を突破し、育児をしながら現役活躍中の著者が、「夢の叶え方」を航空産業最新情報と共にお届けする『Sky High America』の最終回。何年も教官として働きながらも旅客機のパイロットとして勤務する夢を諦めず、念願の夢を手にいれた道のりとは?


教官として働く日々

 母校での教官としての生活が始まった。12人もの生徒をひとりで担当し、毎日朝から晩まで働いた。教官というと聞こえはいいが、低賃金で社会保障も何も付かない。収入が少ないため、ほとんどの同僚たちは食事も制限し、ピーナッツバターを塗っただけのサンドイッチや、インスタント・ラーメンなどを食べて節約していた。

 それでも教官の仕事は、航空会社に勤務して一般旅客機のパイロットを夢見る駆け出し組にとっての出発地点だ。当初は自分の英語力でしっかりと教えられるかが不安だったが、次第に不安もなくなり、生徒から厳しい教官だと言われるようになった。なかには予習も復習もせずに授業を受けにくるアメリカ人の生徒もおり、そういう生徒は家に帰らせた。努力をしているのに上達が遅い生徒には、自分の経験を話して励ました。

 それでもやはり、「外国人の女性教官」としての壁がなかったわけではない。生徒の親たちの学校訪問があった際、教官の部屋が並ぶ廊下から、「ミスター青木」 を探しているという男性の声がした。同僚の教官が少し困惑しながら、「その部屋ですが、ミスターではなく、ミスですよ」と言うと、その男性が部屋に入ってきた。そして怪訝な表情で私に「あなたが私の息子の教官ですか?」と聞いてきた。私は意に介さず、その男性の息子の訓練の経過を伝えたが、男性は質問することもなく、すぐに席を立って部屋を出ていった。

 後になって、上司がその男性から不満を聞かされたことを聞いた。こういうことが起きることは予期していたものの、さすがに気持ちが落ち込んだ。しかし上司は男性に対して、私が教官として優秀で、問題が起こるようなことはないと伝えてくれ、「もし彼女に対して文句があるのなら、息子さんに言いに来るように伝えてください」と言ってくれたそうだ。結局その後、生徒が教官免許を取得するまでの4年間、ずっと私が彼を担当した。また、その生徒の親から不満が出ることもなかった。彼は今や某航空会社の旅客機のキャプテンになっている。

911テロ事件の影響とグリーンカード

 私の同僚たちは、2年ほど教官を勤めたのちに皆、地方の航空会社などに就職し始めた。当然、私も航空会社へ入社できると思っていた矢先に、あの911テロ事件が起きた。その悲劇的な事件の後、アメリカでは航空業界に対するテロ対策に真剣に取り組み始め、TSAという機関が設けられた。それまでは大手航空会社でも外国人のビザ・サポートしていたため、私はそれを前提にした就職を考えていた。

 ところが、決まっていたホライゾン航空の採用面接の際に問題が起こった。前述のTSAが「航空会社のパイロットとして働く者はアメリカ国籍、もしくは永住権(グリーンカード)の所有者のみ」と制限したのである。私は就労ビザで教官の仕事をしていたので、アメリカ国籍も永住権も持っていなかった。ホライゾン航空から「永住権を取得したら再度、面接をしましょう」と言われて途方にくれた。「永住権なんて、どうやって取得すればいいのだろう?」。その時から、私のとてつもなく長い永住権取得の戦いが始まったのである。

修士号に挑む

 永住権の取得は簡単ではないことは、弁護士の説明ですぐさま明らかになった。アメリカ人の同僚たちが、教官を退職して航空会社のパイロットに就職していくなか、私一人だけが取り残された。そして1年が過ぎ、2年が過ぎ、次第に私はフライト・スクールのベテラン教官になっていった。

 5年ほどそんな生活が続いたが、まだ永住権は下りなかった。教官の仕事にもやる気が失せてきて、自分の夢に近づけないもどかしさと、日々、不安でいっぱいだった。もし航空会社にパイロットとして就職できなければ、他にスキルを持っていない私は生活していけないではないか。その不安から、せめて好きな航空業界で生きていくために、地上職に就くことも考え始めた。修士号を取得すれば、マネージメント業務に関われるような職に就けるかもしれない。そこで母校の教授に相談して特別なカリキュラムを組んでもらい、修士号取得を目指すことにした。それから1年半、航空業界におけるテロ対策や危機管理を重視した勉強を重ねて、修士号を取得した。

奨学金を得てビジネスジェット機のパイロットに

 修士号を取っても、まだ永住権がおりない日々が続いた。教官を続けながら、マンネリ化した生活を防ぐため、自分に今できることを探し続ける毎日を過ごしている頃、アメリカには数多くの奨学金制度があることを知った。そのひとつに「Women in Aviation International」という航空業界の女性を応援する団体があり、その団体がたくさんの奨学金を出していることがわかった。

 奨学金の中には、ビジネスジェットの免許取得奨学金があった。セスナ社が小型機ジェットCitation500という機種の免許(費用は約200万円)を奨学金で取らせてくれるというので、早速、応募した。ビジネスジェット……。それまでは、そのような選択肢もあるとは考えていなかった。航空会社のパイロットだけが、パイロット職ではないのだ。

 そんなある日、「Women in Aviation Internationalに電話するように」と連絡が入った。実はこの時、私はインフルエンザをこじらせて、3日間メッセージを放置していたのだった。もしや、例の奨学金のことかもしれないと思い、すぐに電話をすると、電話に出た担当者に「あと少ししても、あなたから電話が来なかったら他の人にチャンスを渡そうと思っていた」と言われた。ギリギリのところで間に合ったのだ。200人以上の応募者から3人が選ばれ、恒例カンファレンスで面接。その場で最終受賞者が決定されるということだった。

 カンファレンスの会場ロビーで、ゲスト・スピーカーとして来場していた女性パイロットと出会った。偶然ロビーのベンチで隣り合わせて話したのだが、その女性からいろんな素晴らしいアドバイスをいただいた。それまで周囲に女性パイロットがいない環境だったため、彼女の助言は心の奥まで染みた。彼女は自分が駆け出しの頃に、女性パイロットの恩師がいたそうで、その恩師のおかげで辛い時も頑張れたそうだ。だから彼女は、私に対してサポートができたことが嬉しいと言い、「将来あなたを頼ってくる次世代の女性パイロットには、あなたがサポートしてあげなさいね」というメッセージをくれた。そう言われた時、今までは自分のことだけで精一杯だったことに気づき、後輩のサポートができるようになりたいと思った(その後、私はWomen in Aviation ASIAというグループを立ち上げ、現在はフェイスブックにて情報交換をしている)。そんなことを考えながら、面接に挑み、ありがたいことに奨学金をいただくことができた。奨学金で免許を取得後、すぐにビジネスジェットでの仕事に就くことができ、教官とビジネスジェットのパイロットを掛け持ちする新生活が始まった。

 ビジネスジェットのパイロットとして、とても貴重な経験を積んでいた頃、ようやく米移民局から「永住権がおります」という通知が届いた。911のテロ事件が起きてから7年が経っていた。その通知を手にしながら、私は泣いた。

念願のホライゾン航空に就職

 「永住権が取れたら、また面接に来てください」とホライゾン航空の面接官に言われてから、すでに7年が過ぎていたが、すぐに同社に電話をして事情を説明し、面接を申し込んだ。人事課の女性は私を覚えていなかったが、面接の会場にいたチーフ・パイロットが私のことを覚えていて、「よく7年も諦めずに教官として頑張りましたね」と言ってくれた。

 今思い返すと、彼に言われたその言葉が人生の中で最も心に残っている。 就職の面接では緊張しながらも、自分がいかに航空業界で生きていきたいかをアピールした。面接官からの 質問の最後に、「君から私たちに質問はありますか?」と聞かれたので、どうしても正直に伝えておきたいことを話した。「私は過去に 何度もスピード違反をしています。若い頃の違反で大変反省していますが、後で問題になるよりも先に自分から伝えておきたいです」と。それを聞いた面接官は、「君はスピード狂なのかい? スピードを出したいなら、車ではなく、ジェット機で出すといい。ホライゾン航空社のCRJ700がお似合いだよ」と笑顔で言ってくれた。私は合格した。

 とてつもなく長かった航空会社のパイロットへの道を、やっと手にすることができた。なんとも言えない感情が身体中を満たした。嬉しさで、今までの苦労が嘘のように感じられ、諦めずにここまで頑張った自分を抱きしめたい気持ちになった。達成感に満ち溢れた最高に幸せな瞬間だった。

 ホライズン航空のパイロットとしての初勤務日から9年半が経ったが、今もまだ私は大空を飛び続けている。これからも、さらなる夢に向かって飛び続けるつもりだ。

 
                                      完

この記事の寄稿者

愛知県豊橋市出身。高校卒業後、渡米。ボストン郊外のセーラム・ステート・カレッジで英語を学び、その後、航空学科のあるワシントン州グリーン・リバー・コミュニティ・カレッジへ。同校を経てセントラル・ワシントン大学に編入し、航空学で学士号、工業エンジニアリングで修士号取得。卒業後、同大学で操縦教官に就任。7年間の教官生活の傍ら、個人用ビジネスジェット機のパイロットも経験。2007年3月に 『Women in Aviation, International』 から奨学金を受けると共に、アジア人の女性パイロットネットワーク『Women in Aviation Asia』を発足。2008年1月、ホライゾン航空入社。不景気で一時解雇となり、グアムで遊覧飛行、飛行訓練、ドクター・ジェットの操縦を務めるも、2010年10月に同社復帰。同年、航空宇宙産業技術展2010ビジネスジェットパネリストも務めた。現在はオレゴン州に拠点を移し、家庭を持ち、子育てをしながら空を飛んでいる。

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